皿尾城の空の下

久伊豆大雷神社。勧請八百年を超える忍領乾の守護神。現在の宮司で二十三代目。郷土史や日常生活を綴っています。

monaka

2018-12-07 23:03:21 | 食べることは生きること

 十万石の福久俵最中を頂いた。歳と共に和菓子が好きになっている。一時期にしろ、和菓子の業界にお世話になった縁に感謝している。あの頃もっと和菓子や原料について学んでおけばと後悔しつつ、現在も食品関連の会社に身を置きながら食についての知識も浅く、恥ずかしい思いをすることも多い。

最中の皮を最中種といい、和菓子屋さんによっては問屋から買い入れ自店の餡を入れて商品化するところもある。最中種を専門に焼く店があり、問屋が仕入れて別の和菓子屋に卸していた。十万石の最中種はもちろん自社製造で新潟黄金餅を使っていると品書きにある。うるち米の品種はここ数年かなりブランド化が進み、各都道府県において新しい品種が生まれTVCMも流れる時代だが、もち米についてはあまり知られていないように思う。関東では千葉のヒメノモチ、米どころ新潟ではわたぼうし、こがねもち、東北では宮城黄金餅、岩手ヒメノモチなどを扱っていた。それぞれのしもちに向くものや赤飯にするものなど様々で、和菓子屋によって好みがありお店の品質として選ばれる。

笑い話になるが、営業に出たての頃何も知らず北海道の大手和菓子メーカーの埼玉工場に商談に行かせてもらった際、「弊社の今年のおすすめはこの新潟特選米(わたぼうし)です」と商品開発担当者に案内してしまったことがある。開発課長は笑って「君ね、うちは十勝のブランドだよ」とあきれられてしまった。かえって何も知らない担当者だとかわいがってもらい、取引の商材を増やしてもらったこは懐かしい記憶の一つになっている。

最中の餡は皮種が湿気を含むのを避けるように水気を少なく仕上げることが多いという。その分砂糖の量が多くなり、照りや粘りが強い。十万石の福久俵は販売時に餡と最中種を別にして食べるときに挟むようにしてある。これだと最中種のサクサクした食感が失われることがない。

池の面に照る月なみを数ふれば今宵ぞ秋のもなか(最中)なりける


拾遺和歌集にある歌が最中の由来とされているらしい。宮中の月見の席において白くて丸い餅菓子が出たのを見て「もなかの月」と呼んだとされる。江戸時代になって「最中の月」として命名され円形でないものが出回り、「最中」と呼ばれるようになったという。

FM79.5ラジオリスナーにとって「最中」といえば「monaka」であり、平日10時からの人気番組だ。リスナーのあん(案)が詰まったという意味と、聞き手が仕事の「最中」愛される番組という意味らしい。

十万石のお品書きにある「幾久しく」幸いあれというのもまた美しい大和言葉だ。今年の大河ドラマ「西郷どん」の中盤に、13代将軍家定が篤姫に向かって「そなたと幾久しく」と繰り返し口にしたシーンが印象深い。家定を熱演したのは芥川賞作家となったピース又吉氏だった。

 

 

コメント (3)
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