みかんの花が咲いている
思い出の道 丘の道
はるかに見える青い海
お舟が遠くかすんでる
加藤省吾作詞 「みかんの花咲く丘」より
多くの日本人は子供のころこの歌を聞きまた口ずさんだことだろう。少なくとも私たち世代では(50代)
昭和二十年五月作詞家加藤省吾は両親の住まいがあった深谷市本住町に戦争疎開している。この「みかんの花咲く丘」はここ深谷の町で作詞されたといい、故郷の静岡の海に思いを馳せた詞なのだという。
戦後の困窮と混乱の時代に「リンゴの唄」と「みかんの花咲く丘」は多くの日本人の琴線に触れ美しい当時の日本の人々の心を歌い上げているとこの顕彰碑はたたえている。
故郷は遠きにありて思うもの
加藤省吾氏の足跡を称え、顕彰碑ができたのは平成四年のこと。三十年前にはまだこうしたに戦後日本の復興に対する気概というか、志が多く残っている。
失われた三十年。豊かさを失い、美しい心さえもどこかに置き去りにしてきてはいないか。
物理的な豊かさは数年で取り戻せるかもしれない。しかし先人や足跡に対する敬意の念は忘れれると容易く取り戻すことはできない。
石に刻まれた詩を見つめながらデジタル社会の危うさを憂いている。