今から1万6000年前氷河期が終わって地球が温暖化します。日本列島では針葉樹の森が北に退き、北日本では落葉広葉樹林、西日本では常緑広葉樹の森が広がる世界へと変わりました。
特に落葉広葉樹の森には食べ物が豊富で、木の実の多くを食用として採取したといいます。栗やドングリなど食べるには灰汁抜きが必要でしたので、そのための土器が縄文土器として発達したのです。
気候の温暖化にともなう雨量の増加や海水面の上昇で陸から土砂が流れ込み、遠浅の海岸をつくることでそこに生息する貝類や回遊魚も食材に加わり食生活の大幅に進化したといいます。海面の上昇のことを「縄文海進」といい、東京湾は現在の埼玉内陸部まで進出していたことがわかっています。
黒浜貝塚は関東地方を中心とした縄文時代前期中葉「黒浜式土器」の標式遺跡として昭和50年に埼玉県指定史跡となって以降、発掘調査が進み、平成18年年には縄文時代前期の集落にともなって形成された貝塚として、また南関東自然環境の変遷や当時の生業を考える上で重要であるとともに環状集落の構造をなし、集落の変遷を考える上でも貴重」として国指定史跡となっています。展示の黒浜式土器は5500年ほど前のものと考えらえrていて、地紋の斜め方向の線が強調された美しい模様を見ることができます。
海の恵みと山の幸。ともに得られた穏やかな気候の中で、煮炊きに用いる土器が発達し、程よく定住生活を送れた縄文時代。そうした当時の様子を知ることができる貴重な資料館です。