皿尾城の空の下

久伊豆大雷神社。勧請八百年を超える忍領乾の守護神。現在の宮司で二十三代目。郷土史や日常生活を綴っています。

水無月晦大祓

2019-06-30 23:04:22 | 神社と歴史

水無月は田植月で、田植え祭や水口祭が行われる。三十日は大祓で、夏越祓(なごしのはらい)といい、茅の輪をくぐって、人形を水に流す。
当地では、人形を納め祝詞を奏上をするのが慣例で、茅の輪は私が子供の頃からなかった。


神社もそれぞれ氏子による祭祀儀礼が継続することもあれば途絶えてしまう事も多い。当社でも、水無月の夏越の大祓は人形を納める人も少なくなった。兼務する隣地区の神社でも、私が宮司の職を継いで三年ほどで、水無月の祓は取り止めてしまっている。
残念ではあるが、社務を預かる立場からすれば私の至らなさ故であるので、こうした祭祀がいつか多くの氏子に理解され、また信仰や風習の儀礼として行われるように努力していきたいと思い、灯明の元祝詞を奏上した。

明日から令和元年も下半期。夏の例大祭も目前に迫っている。
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満点は100点とは限らない

2019-06-27 21:42:03 | 日記

小中学校とも一学期も終盤を迎え、まとめのテストの時期となった。来週から始まる期末テストに向け、中学2年の娘は遅くまで勉強しているようだ(そう信じたい)。

 小学5年生の弟も漢字と算数のテストを受けてきた。5年生ともなると学習内容もこれまでとは一段上がった内容で、日々の勉強の大切さを実感している。これまでの音読、ドリル、漢字練習など読み書き、計算の基礎的なことの積み重ねがいかに重要であったか。またこうした基礎学力をつける毎日の勉強の習慣が何よりも大切であったと思う。

 全校漢字テストは全50問。一問2点の百点満点で、90点以上が合格。例年漢字ドリルのページを範囲で教えてくれたそうだが、今年の先生は今までやった中から出しますと言っていたそうだ。本来そうした方がテストの意味はある。

 連日よくノートに書いて覚えたおかげで、漢字は全てかけたそうだ。書き順の問題もでき、ほぼ満点の出来であった。が、振り仮名の問題5問を全く書かなかったらしい。

どうして振り仮名を書かなかったのかと聞いてみると、「問題にそう書いてなっかったから」と答えてくれた。

確かに、漢字テストと大きく書いてはあるが、ひらがなを漢字に、漢字は振り仮名を振りましょうとは書いていない。

大人の感覚からすれば、当然漢字テストであるから、ひらがなを漢字に、漢字は振り仮名を振るというのは常識と考えてしまう。しかし、普段から我が家の勉強法として、「問題をよく読んで解く」というのを徹底させていたため、確かに問題には振り仮名をふるとの指示は記入されていない。だから書かなっかったとう子供の理屈に共感してしまった。

 

だから彼にとって今回のテストは90点満点。但し、これからは問題についてどうしてもおかしいと思う時は、試験管(しばらくは先生になるはず)に聴いてみるようにすると約束した。答えを出すことはただ詰め込んだ知識や教養を書き出すことではなく、相手が求めることに対して、自ら考え行動し伝えることだと学んでほしい。

満点は100点とは限らない。でも大切なのは自分から考えて答えを出すこと。そんなことを彼は教えてくれた。

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COSTCO WHOLESALE!

2019-06-26 23:59:59 | 物と人の流れ

 水無月といえば梅雨。祝日もなく、イベントは父の日に限られ、集客企画も限られる。仮に時の記念日(6月10日)が祝日になったとしても、何をどう販売につなげたらよいか皆目見当がつかない。百貨店やスーパー、CVは既存店前年比を超えるのだろうか。

かといってEveryDay Low Priceを闇雲に押し進めてしまえば、価格競争の消耗戦になってしまい、働き手にとってはあまり良い事ではない。商売である以上働く従業員も幸福感を得られなければ会社は継続できない時代。

『良い品をより安くそれこそが〇〇の誇りである』私が新卒で入った企業の社訓の一つであったが、今思えば流通業にとってこんな矛盾はないと思う。やはり良い品にはそれなりの価格を付けるべきだ。

月初めの休日に群馬県前橋市にあるコストコまで足を運んだ。近年人気の米国資本の小売り業だ。

COSTCO WHOESALE と名付けられたように会員制倉庫型卸販売の業態で、買い物には会員資格と年会費が必要。申し込みの際には顔写真付きの会員証が発行され、家族会員も登録できる。つい年会費に対して元が取れるか考えてしまうが、後学のため付き添ってしまった。

入り口できちんと会員証の提示を求められる。また出口では大型カートの買い物荷物とレシートの照合が行われる。昨今の大型スーパーや百貨店などの通り抜け窃盗(万引き)のリスクを考えればこうした入退店の方式は有効だ。平日の月曜日、また雨が降っているにもかかわらず、多くの顧客が訪れていた。

ショッピングカートの大きさに驚いてしまう。カインズやケーヨーなどといったHCなどのカートより一回り以上大きい。しかし押しづらい、少量では商品が取りづらいなどとかんじてしまう。但し多くの客がカートいっぱいに商品を詰めていたのにも驚く。

SNSなどで「コストコランキング」といったものが取り上げられている。芸能人御用達商品もあるようだ。

一例をあげるとこのディナーロール。多くの客がカートに入れている。我が家も買って食べたが本当に美味しかった。賞費期限は製造後恐らく4日だったが、確かに期限まで程よい食感で味も良かった。

1500gのティラミス。通常では絶対買わないが、なんとなく店の雰囲気に流されて買ってしまう。しかも帰宅後玄関で落としてしまい、蓋が割れてしまう。しかし中学の娘は大喜びで食べていた。

現在日本のコストコは全国で26倉庫を展開している埼玉では入間と新三郷のの2店で、私の自宅からだとここ前橋の方が近い。

人づてにかつて菖蒲のモラージュが出店の際、本来コストコの誘致があったが地元が差し替えたと聞いている。

支払は現金、プリペイドカードのほかにクレジットカードが使えるがマスターカードのみ可能。高額な年会費を徴収してまで会員制にこだわる方が、顧客の満足度が高揚するように思う。顧客が店を選ぶと同時に、顧客が店に選ばれている感覚。不自由さの中に自分だの価値を見出せる買い物を演出している。だから商品保証と年会費保証がある。満足感が得られなければ年会費も買い物の商品も顧客都合で返金保証が付く。

商品の陳列は基本パレット積みで、コンテナ次々入荷するスタイルだ。宝さがし感が得られるのか、明らかに不要不急の物もカートに放り込みたくなってしまう。多くは家族連れでおひとり様は少ないように見えた。

買い物の後にイートインスペースで軽食が取れる。飲料とメインのホットドックは破格の値段だ。スタイルはIKEAとほぼ同じ。広すぎる売り場を歩いてくると普段歩きなれている人でもかなり脚が疲労する。

感じたことは小売業のスタイル(販売形態)は常に変化し、流行りのサイクルが早いということ。商品自体の価値の演出に力を入れるべきであること。商品価値は万人に共通するとは限らない。宝さがし感が大事なのだと思う。

SNSを通じた広告戦略はこれからも続くだろう。でも10年後にはそうした手法も変わっていくはず。流通業こそ、その名の通り常に流れ変わっていく業界であるのだから。

 

 

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とおりゃんせ とおりゃんせ

2019-06-26 23:18:36 | 神社と歴史

とおりゃんせ とおりゃんせ ここはどこの細道じゃ

天神様の細道じゃ ちっととおしてくだしゃんせ

ご用のないものとおしゃせぬ

この子の七つのお祝いに お札を納めに参ります

行きはよいよい 帰りは恐い

怖いながらも とおりゃんせ とおりゃんせ

『通りゃんせ』は江戸時代から歌われた童謡で作詞者は不明。歌に出てくる『細道』は小田原市国府津の菅原神社の参道が発祥とされる。また埼玉県川越市の三芳神社も発祥とする石碑が残っており、起源については諸説ある。

 『ご用の無いものとおしゃせぬ』のくだりは古くは『手形の無いものとおしゃせぬ』歌われていた。『七つのお祝い』とは七五三を指し、歌そのものは七五三の祝いの札を納めに関所を通る歌とされている。関所といえば『入り鉄砲に出女』といわれるように街道の要所で旅人を監視する厳しい場所であった故、歌の雰囲気もどことなく暗い印象を与える。

一番の疑問は『行きはよいよい 帰りは恐い』の件である。昔から子供は七つになるまでは神の子とされてきた。しかし七歳になると神の子から地域の一員となり、関所の監視を受けたのである。

 先述の様に天神信仰は時代と共に変化した。平安期は避雷、農耕の神として、鎌倉期以降は慈悲の神、無実の罪を晴らす神。室町以降は和歌や連歌など芸能の神として崇められ、江戸期に入って今の様に学問の神として藩校や寺子屋で祀られた。このころから天神講として、菅原道真公の命日である二月二十五日には近所の子供が集まり、天神様に供え物をして学業成就を祈願するようになる。

『怖いながらもとおりゃんせ とおりゃんせ』

神の子から氏子へと変わる儀礼を経てみな地域の一員になる。そんな意味合いを今に伝えている。

 

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加須市 阿良川天神社

2019-06-26 21:59:31 | 神社と歴史

その昔会ノ川が利根川の本流であった頃は、坂東太郎の名の通り、流量も多くそのため流域では洪水による被害を頻繁に受けている。旧国道125号(現在は県道になった)志多見の南西に広がる田園地帯は「阿良川」の地名の通り、古利根川の流れを起源とする。

 創建は弘安年間と伝えられ北条執権政治の頃であるので、その歴史は古い。菅原道真公を御祭神とし、内陣には天神座像を安置する。

 

 

境内地は氏子区内北西部の端にあたり、東側の集落を除くと一面水田が広がっている。北埼玉の米所加須市は広く、羽生市、行田市、鴻巣の四市の境近くに位置する。近くの大型商業施設(イオンモール)にほど近いがなかなかこの地域まで来たことはなかった。

現在でも氏子の多くが農家を兼務することが多く、また戦前までは「天神様分」として社領を有し、地区の名主が管理して小作に出し小作料を神社の費用に充てていたが、農地解放にて失っている。戦後の農地解放は神社にとって大きな政策転換であったことは間違いなく、今日の一次産業の集約化に伴い、多くの地方の神社が社費の集積に苦労している。まさに人口減、都市部との二極化、地方疲弊といった言葉と背中合わせの神社が多くなっている。

本殿裏には天神社らしく多くの梅の木が植えられている。梅の実を氏子が漬けることもあるのだろうか。

古くから洪水の度に村が疫病に襲われた歴史から、当地では疫病除けの神事が行われ、七月には天王神輿の渡御が行われる。十五日には下須戸八坂神社から水を受け、これを天王様の水と称して、飲めば病気にならず、風呂に入ればきれいになるという。

境内東には一足早い夏の花向日葵が丈を競うように花を咲かせている。

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