語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】不正はペイしない、隠蔽はペイしない ~『告白』~

2016年01月02日 | ノンフィクション
 大和銀行ニューヨーク支店は、1995年までの約11年間に、不正取引により総額約11億ドル(当時のレートで約960億円)の損失をだした。同年7月17日、事件の直接の責任者、トレーダーの井口俊英は、いきさつを告白した文書を当時の頭取へ送った。しかし、大和銀行がようやく公表したのは、2か月をへた9月26日のことであった。

 本書は、井口が獄中でしたためた手記である。
 不正取引に手をそめたきっかけから、損失が雪だるま式に拡大していくまで、淡々と叙述しているさまは不気味ですらある。
 不正取引は、銀行の利益を考えておこなったのであり、損失を補填しようとしたのであって、私利をむさぼる意図はなかった、と著者は主張する。銀行のために・・・・それが事実であるかどうかはさておき、自分の経歴に傷をつけたくない、という功利的な意図があったのは確かだ。この点、ベアリングス銀行を崩壊させたニック・リーソンの手記と共通する。
 共通点は、まだある。管理責任と売買責任を一人の人間が一手ににぎる杜撰な管理体制と内部監査の不徹底の指摘だ。

 しかし、相違点もある。
 井口は、終始、同僚や上司に対して気くばりを示している。
 きわめて日本人的なこの気くばりが失われるのは、大和銀行の幹部が自分をスケープ・ゴートにしたてあげ、かつ自分を騙したことを知った時だ。

 リーソンの銀行は発覚とほぼ同時につぶれたが、大和銀行は隠蔽に走り、大蔵省はこれをかばった。結果として時を空費し、損失を増大させた。
 著者は、次のように弁明する。「大和銀行の損失1450億円のうち、970億円(売買損600億円及び利息370億円)は自分の責任だが、残り480億円の損失及び米国から大和銀行が追放されたのは、さまざまの隠蔽工作及び連邦銀行への虚偽報告をおこなった大和銀行幹部の責任だ」と。
 後に、大和銀行の株主は、当時の取締役たち49人に対して損害賠償を求める株主代表訴訟をおこした。2000年9月20日、大阪地裁は11人に7億7千5百万ドル(830億円)を大和銀行に支払うよう、判決を言いわたした。取締役としての注意義務及び忠実義務違反を認定したのである。

 懲役4年、罰金200万ドルを課せられた井口は、1998年11月に仮出所後アトランタ近郊の自宅を事務所として投資顧問業をいとなみ、3冊の著書を刊行した。投資の顧問と著述で生活したい、と語った(2000年9月21日付け朝日新聞)。だが、『陰謀のドル―FRB議長暗殺 』(文藝春秋社、2002) 以後、日本では絶えてその著作を見ない。

 井口俊英がいなければ、大和銀行ニューヨーク支店の事件は起こらなかった。
 しかし、井口俊英がいなくとも、大和銀行の組織構造は構造的に別の井口俊英を生みだしたはずだ。
 この事件は、金融業における反面教師であるのみならず、業種を越えてコンプライアンスの重要性を再認識させる。
 隠蔽はペイしない。
 だが、歴史から学ばない者は歴史を繰りかえす。昨今でも、リコールを遅らせ、結果として損害を拡大した自動車メーカーがある。

□井口俊英『告白』(文藝春秋社、1997。後に文春文庫、1999)
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