石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞の対象は、新聞、テレビ、書籍、映画、写真、ビデオと幅広いが、ここ数年はテレビ部門からの応募が多い。テレビドキュメンタリーやテレビジャーナリズム分野の登竜門的存在になっている。
選考は、「公共奉仕」「草の根民主主義」「文化貢献」の三部門に分けて行われる。
佐野眞一は、初回から審査委員を務めている。
第10回の「公共奉仕」部門には、やはりテレビ分野からの応募が多かった。「無縁社会」(NHK)など力作揃いだったが、大賞を受賞した「日本海軍 400時間の証言」(NHK)の“衝撃力”には及ばなかった。「他の応募作品が、どこか“既視感”があるのに対し、この3時間あまりのドキュメントには、どこを斬っても血が噴き出すような緊張感が漲っている」
以下は、佐野の推薦理由である。
----------------(引用開始)----------------
日本海軍の頭脳部ともいうべき軍令部の元幹部たちが戦後集まって“反省会”を開いていた。その400時間におよぶ貴重な録音テープから、あの無謀な戦争はなぜ引き起こされたかを問いかける。
そこから浮かび上がってくるのは、組織を守ることで個人の責任を免れようとする日本人の怯懦さである。それは日本海軍の病理というだけでなく、いまの日本に生きる私たちの病理でもある。
繰り返し語られる「やましき沈黙」というキーワードは、あの戦争を引き起こしながら、何ら反省しない旧日本海軍軍人の自己保身と組織防衛の姿勢を批判しているだけではない。それは、前代未聞の不祥事を引き起こした大阪地検特捜部の腐敗を検証する視点にも通じる。
「これは決して過去の戦争を告発するために作ったものではありません」。静かにそう語る司会進行役のナレーションは、視聴者に消費されるために作られたとしか思えないテレビ番組ばかりが横行するなかで、圧倒的な存在感で“底光り”していた。
----------------(引用終了)----------------
*
ちなみに、「文化貢献」部門の大賞は、NHKスペシャルで放映された「ヤマノミ」である。以下、佐野は概要次のように書く。
“ヤマノミ”とは、アマゾンのジャングル地帯の最深部に住み、1万年以上も独自の文化と風習を守ってきた少数未開民族である。ブラジルとベネズエラにまたがる広大な森に生きる彼らの存在が世界に知られるようになったのは、20世紀に入ってからだった。
NHKの取材班は、150日にわたって彼らとともにその村に暮らし、驚くべき生態を記録した。わけても衝撃的なのは、夜の森での出産場面だ。女は出産した直後の赤ん坊の首を絞めて殺す。そして、その遺骸を樹上のシロアリの巣に入れる。シロアリに食べさせ、赤ん坊の命を天上に戻すのだ。
ヤマノミの世界では、生後まもない子どもは人間ではない。精霊である、と信じられている。それは、彼らなりの人口抑制策であり、産児制限策である。
彼らの間では、こんな言い伝えが語り継がれている。地上の死は、死ではない。私たちも死ねば精霊となり、天で生きる。地上で生き、天で生き、最後に虫となって消える。彼らには、こんなポエムもあるのだ。森で産まれ、森を食べ、森に食べられる・・・・。
「この作品が突きつけているのは、文明とは何か、進歩とは何かという根源的な問いである」
ところで、石橋湛山賞の3部門のうち、2部門をNHKが占めた。またか、という声が選考会でも上がって、大賞はこの番組をまとめて刊行された単行本に対して授与するという「苦肉の策」がとられた。・・・・と佐野は追記している。
この事態には、現在のメディア状況が強く反映されている。「フリーのジャーナリストが作品を発表できる活字媒体はいまや皆無に近い。テレビに目を転じても、民放のまともなドキュメント番組枠は日増しに狭まっている。これではいきおいNHKが賞を独占する結果になる。だがそれで本当にいいのだろうか」
足利事件の冤罪説を決定づけたのは、日本テレビ『真相報道 バンキシャ!』で粘り強く報道し続けた清水潔記者だった。いや、本当の功労者はもう一人いる。小林篤というフリージャーナリストで、今から10年近く前に『幼稚園バス運転手は幼女を殺したか』という本を出し、菅家さんの無罪を主張するだけでなく、真犯人もほぼ特定した。石橋湛山賞は、本来こうした地道な努力を続けたジャーナリストに与えられるべきだ。
しかし、現在の状況をみるとそれは高望みというものかもしれない、と佐野は慨嘆している。
【参考】佐野眞一「頑張れ! フリー ~テレビ幻魔館28~」(「ちくま」2010年12月号、筑摩書房、所収)
↓クリック、プリーズ。↓
選考は、「公共奉仕」「草の根民主主義」「文化貢献」の三部門に分けて行われる。
佐野眞一は、初回から審査委員を務めている。
第10回の「公共奉仕」部門には、やはりテレビ分野からの応募が多かった。「無縁社会」(NHK)など力作揃いだったが、大賞を受賞した「日本海軍 400時間の証言」(NHK)の“衝撃力”には及ばなかった。「他の応募作品が、どこか“既視感”があるのに対し、この3時間あまりのドキュメントには、どこを斬っても血が噴き出すような緊張感が漲っている」
以下は、佐野の推薦理由である。
----------------(引用開始)----------------
日本海軍の頭脳部ともいうべき軍令部の元幹部たちが戦後集まって“反省会”を開いていた。その400時間におよぶ貴重な録音テープから、あの無謀な戦争はなぜ引き起こされたかを問いかける。
そこから浮かび上がってくるのは、組織を守ることで個人の責任を免れようとする日本人の怯懦さである。それは日本海軍の病理というだけでなく、いまの日本に生きる私たちの病理でもある。
繰り返し語られる「やましき沈黙」というキーワードは、あの戦争を引き起こしながら、何ら反省しない旧日本海軍軍人の自己保身と組織防衛の姿勢を批判しているだけではない。それは、前代未聞の不祥事を引き起こした大阪地検特捜部の腐敗を検証する視点にも通じる。
「これは決して過去の戦争を告発するために作ったものではありません」。静かにそう語る司会進行役のナレーションは、視聴者に消費されるために作られたとしか思えないテレビ番組ばかりが横行するなかで、圧倒的な存在感で“底光り”していた。
----------------(引用終了)----------------
*
ちなみに、「文化貢献」部門の大賞は、NHKスペシャルで放映された「ヤマノミ」である。以下、佐野は概要次のように書く。
“ヤマノミ”とは、アマゾンのジャングル地帯の最深部に住み、1万年以上も独自の文化と風習を守ってきた少数未開民族である。ブラジルとベネズエラにまたがる広大な森に生きる彼らの存在が世界に知られるようになったのは、20世紀に入ってからだった。
NHKの取材班は、150日にわたって彼らとともにその村に暮らし、驚くべき生態を記録した。わけても衝撃的なのは、夜の森での出産場面だ。女は出産した直後の赤ん坊の首を絞めて殺す。そして、その遺骸を樹上のシロアリの巣に入れる。シロアリに食べさせ、赤ん坊の命を天上に戻すのだ。
ヤマノミの世界では、生後まもない子どもは人間ではない。精霊である、と信じられている。それは、彼らなりの人口抑制策であり、産児制限策である。
彼らの間では、こんな言い伝えが語り継がれている。地上の死は、死ではない。私たちも死ねば精霊となり、天で生きる。地上で生き、天で生き、最後に虫となって消える。彼らには、こんなポエムもあるのだ。森で産まれ、森を食べ、森に食べられる・・・・。
「この作品が突きつけているのは、文明とは何か、進歩とは何かという根源的な問いである」
ところで、石橋湛山賞の3部門のうち、2部門をNHKが占めた。またか、という声が選考会でも上がって、大賞はこの番組をまとめて刊行された単行本に対して授与するという「苦肉の策」がとられた。・・・・と佐野は追記している。
この事態には、現在のメディア状況が強く反映されている。「フリーのジャーナリストが作品を発表できる活字媒体はいまや皆無に近い。テレビに目を転じても、民放のまともなドキュメント番組枠は日増しに狭まっている。これではいきおいNHKが賞を独占する結果になる。だがそれで本当にいいのだろうか」
足利事件の冤罪説を決定づけたのは、日本テレビ『真相報道 バンキシャ!』で粘り強く報道し続けた清水潔記者だった。いや、本当の功労者はもう一人いる。小林篤というフリージャーナリストで、今から10年近く前に『幼稚園バス運転手は幼女を殺したか』という本を出し、菅家さんの無罪を主張するだけでなく、真犯人もほぼ特定した。石橋湛山賞は、本来こうした地道な努力を続けたジャーナリストに与えられるべきだ。
しかし、現在の状況をみるとそれは高望みというものかもしれない、と佐野は慨嘆している。
【参考】佐野眞一「頑張れ! フリー ~テレビ幻魔館28~」(「ちくま」2010年12月号、筑摩書房、所収)
↓クリック、プリーズ。↓
さすが、佐野さんらしいコメントがあふれて、
大変興味深く読みました。
加賀乙彦さん、佐藤優さんの記事も楽しみにしております。
最新情報に触れることが少ないのでまた教えてください。
宜しくお願いします。
私が最初に手にした彼の本は、『旅する巨人─宮本常一と渋沢敬三』です。こまめに追跡してきたわけではないのですが、とにかく人目を引くタイトルをつける名人です。『だれが「本」を殺すのか』はショッキングなタイトルですし、『東電OL殺人事件』はミステリー・ファンの関心も惹いたのではありますまいか。
題材も、いいものを選んでいます。宮本常一もそうですが、貴ブログで紹介されている甘粕大尉もそうです。後者は、戦前の満州という異様な政治経済空間にも斬りこんで、賞を受けるに価するし、事実受賞していますね。