語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会】フランスの「職場いじめ」対策 ~日本社会を蝕むパワハラ(4)~

2013年04月12日 | 社会
●2002年に導入された週35時間労働制、5週間のヴァカンスなど、フランス人はそもそも日本人と働き方が違う。
 昨年、日本で調査して驚いた。職場に上司が残っていると先に帰らない。日曜日も働く。8日しか夏休みがない。フランス人は1日中仕事をするなんて、できない。日本は組織への順応の度合い、職場との結びつき方が独特な国だ。精神的ハラスメントを規定する法律があろうと無かろうと、こうした労働文化ゆえに解決が難しいこともあろう。 

●フランスでは過労死はありえない?
 まだ無い。ただ、週35時間制も業界を問わず強制した結果、仕事量は従来どおりで、実質的な労働強化を招いた面もある。39時間制に戻る議論も出ている。今やフランスも日本人に負けない超生産的働き手だ(笑)。
 ITの進化が家で働くことを可能にしたため、私生活が侵食される弊害も出ている。私生活を大切にするフランス文化の転覆。それだけ精神面の健康も脅かされているわけだ。

●その労働環境の変化の中にモラル・ハラスメントがある。日本でいうパワハラと同じか。
 北欧や英語圏では、セクハラや身体的暴力も含む「ブリング」、ドイツでは組織的暴力に結びつく「モビング」、ラテン語圏は「モラハラ」だ。
 フランスでは、身体的暴力や差別については、2001年以降の法改正で予防・禁止措置があるので、モラハラは基本的に個人間の精神的ハラスメントが対象だ。仕事で受ける通常のストレス、経営手法的ハラスメントまで含む心理的・社会的リスク(精神衛生に重きを置く健康管理政策の概念)の一部と見なされている。ただし、2009年には、経営手法も「組織的パワハラ」と見なしうる、という定義拡大の判例が出ている。
 日本では、1990年代に岡田康子が「パワハラ」と造語したが、上司から部下へのハラスメントが多い実状を反映したヒエラルキー重視の政治的定義だった。

●フランスでは、どのようにモラハラが問題化し、法整備されたのか。
 1998年、精神科医マリー=フランス・イリゴイエンヌ『モラル・ハラスメント 人を傷つけずにはいられない』が大論争を引き起こした。名づけられないでいた職場でのいじめが、「モラハラ」という言葉で語られることによって社会化した、という意義があった。
 そこから法制化の動きが生まれ、2002年、「社会近代化法」が成立した。禁止規定にいわく、「繰り返されるモラハラにより、権利と尊厳を侵され、心身の健康を害され、職業生活を危うくする労働条件の劣化を被ってはならない」。
 職場でも健康と尊厳は守られなければならない。それは譲渡不可能な基本的人権だ。
 そもそも労働法でも、「労働者である以前に人間である」という人権尊重の民法の原則を繰り返している。「労働者は、その労働力を雇用者のために提供するが、その人格を与えるのではない」と。

●法整備により、企業側はどんな義務と責任を負うのか。
 モラハラ対策の規則整備を企業に義務づけた。特にモラハラでの起訴が急増した2004年以降の判例は、「知るべきだったのに知らなかった」「知っていたのに対策を講じなかった」「対策を講じたが、失敗した」・・・・場合の使用者責任がいずれも問われるようになった。 
 なお、被害者に証明責任はなく、加害者・使用者側に反証責任がある。「訴えられた要件はモラハラに当たらない」と立証しなければならない。

●予防的な仲介者としては?
 「安全衛生労働条件委員会」、産業医、労働監督官、内部告発者として行動する権利を持つ「従業員代表委員」が、集団的な予防措置をとるのに有効だ。日本では仲介者の存在はまだ形式的なものなので、もっと彼らに力を与えるべきだ。 

●モラハラによる自殺は?
 ここ数年の世界保健機構(WHO)の調べでは、日本の自殺者は10万人当たり23~24人。フランスは17人前後で、欧州では高いほうだ。ただし、仕事が要因の自殺は新しい現象だ。自殺理由を特定できる統計がまだないので詳細は不明だが、最近ではモラハラ解決に携わりながら企業に対して有効な手が打てなかった労働監督官が、無力感から自殺したケースもある。事態の深刻さを物語っている。

●民営化後のフランス・テレコム、ラ・ポスト、ルノーでも衝撃的な自殺が続いた。
 フランス・テレコムは1996年に民営化され、国が多数株主でなくなった2004年以降は、ディディエ・ロンバール社長(当時)が非常に抑圧的で攻撃的な経営管理を導入し、公務員文化で働いてきた人を追い詰めた。
 徹底的な競争原理による社員の孤立化、適性無視の転勤、異動の強制、3年間で22,000人をリストラ・・・・50人以上が自殺した。異動を告げられた会議の場で割腹自殺を試みた者もいた。
 ロンバール前社長ら幹部3人が、複数の労組から刑事告発されている。すでに予審が始まり、経営手法を組織的モラハラとする容疑で、3人への尋問も行われた。労組側は、この前進を歓迎しながらも、モラハラだけでは事実の重さに見合わないとし、「生命を危機にさらした」罪としても訴追を求めている。
 これらは日本の過労死と違い、経営手法がハラスメントになった事例だ。

●経営手法が人を殺す。まさに映画「カレ・ブラン」だ。
 まだ見てないが、ボルドーの弁護士会で映画「ドゥ・ボン・マタン」(2001年)を上映し、講演したことがある。銀行員が上司を殺した末に自殺した実際の事件を描き、非人間的な経営手法がいかに人間を追い詰めるかを示した秀作だ。ますます攻撃的になる経営手法は、本当に問題だ。
 人が仕事に適応するのではなく、仕事が人に適応しなければならない。それは、欧州での共通の権利なのだが。ルノーのカルロス・ゴーン会長の生産性至上主義の発言を聞いていると背筋が凍る。
 ルノーでも自殺が相次いだが、ある技術者が苛酷な目標に耐えられず、投身自殺したとき、なんと現場検証に来た刑事が、遺体のポケットから携帯を出し妻に連絡した、という。それまで会社側は家族に事件を知らせていなかった。精神的に不安的になっていた夫を心配し、妻が朝から会社に問い合わせていたのに。事件後、会社から返却されたパソコンのデータは、すべて消されていた。さらに、「心理学的剖検」(家族・知人などへの聞き取りを含む自殺原因の調査・分析)を操作し、私生活での悩みで自殺した、と見せかけるよう企んだ。

●抑圧的な経営で社員の精神を追い込むと、逆に利益損失になる、という英国の研究発表もあったが。
 フランスでも「競争力」や「コスト」などの言葉で、労働者の健康問題が語られ始めている。解雇者や病欠者が多いと、結局は高くつく。昨年から、経営者養成のエリート校でモラハラ予防の重要性が教育され始めた。労働者が健康で休まない方が利益になるのだ、と。
 また、経営者教育とは別に、中学校でも教えるようになった。子どものうちから、人権を尊重する労働条件を学び考えるのはとてもよいことだ。

□ロイック・ルルージュ(ボルドー第4大学教員)/聞き手・構成:中村富美子(ジャーナリスト)「職場における精神的ハラスメントが社会問題になっているフランスの現状と対策を聞く ~日本社会を蝕むパワーハラスメント~」(「週刊金曜日」2013年4月5日号)

 【参考】
【社会】「職場いじめ」の事例 ~日本社会を蝕むパワハラ(1)~
【社会】「職場いじめ」の傾向と対策 ~日本社会を蝕むパワハラ(2)~
【社会】「職場いじめ」対策最前線 ~日本社会を蝕むパワハラ(3)~
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【社会】「職場いじめ」対策... | トップ | 【原発】放射能と東京オリン... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

社会」カテゴリの最新記事