語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】復興利権を狙う米国

2011年09月28日 | 震災・原発事故
 大メディアによる報道はなく、政府発表もない外圧が強まっている。

 4月17日、ヒラリー・クリントン米国国務長官がトム・ドナヒュー・全米商工会議所会頭を伴って来日。松本剛明外相(当時)と米倉弘昌・日本経団連会長と会談した。このとき打ち上げたのが「復興のための官民パートナーシップ(PPP)」だ。
 4月29日、松本外相が訪米し、クリントン国務長官と再び会談。わずか35分間で打ち切られた屈辱的な会談の冒頭で、クリントン長官が言及したのはPPPだった。
 これと揆を一にした動きがある。「復興と未来のための日米パートナーシップ」だ。米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」が、4月11日に発表した。米国の官民が超党派で結集し、6つの作業部会が設置され、11月のAPEC首脳会議で日本政府に「提言書」が提出される。
 6月下旬、CSISは日本に調査団を派遣した。
 6月21日、アーミテージもと米国国務副長官ら13人が、首相官邸で枝野幸男・官房長官(当時)を表敬訪問。帯同したチャールズ・レイク元在日米商工会議所会頭は、米財界のロビイスト代表として郵政民営化のときも政界工作を仕掛けた。
 PPPと「復興と未来のための日米パートナーシップ」は、一体だ。PPPは、米国の輸出産業支援のための構造改革を、日本政府・財界に実行させるための戦術だ。【中田安彦・国際政治研究者】
 5月下旬、松本外相は、震災復興特区の設置を掲げた。「開かれた復興」をうたい文句に、日本企業と外資系企業を差別しない方針を強調している。換言すれば、日本国民の税金により実施される公共事業を米国に分かつ、ということだ。
 PPPは、「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)」が震災で足踏みする中で打ち出された代替戦略の性格が色濃い。【関岡英之・『拒否できない日本』の著者】
 8月23日、バイデン米国副大統領が来日。菅直人首相(当時)ら政府要人と会談。PPPの下で「世界に開かれた復興」を進めていきたい」と強調した。

 CSISの創設者、デヴィッド・アブシャイア元国務次官は、02年、稲盛和夫・京セラ名誉会長と「日米21世紀委員会」を設置し、日本の若きリーダーをCSISで研修させてきた。野田佳彦・首相、前原誠司・民主党政策調査会長、村井嘉浩・宮城県知事ら松下政経塾生はその中核だ。小林陽一郎・富士ゼロックス会長も同委員会のメンバーで、日本のアクセンチュアの「アドバイザリー・ボード」議長だ。
 米軍は、仙台市と宮城県に注目している。米軍は、仙台空港と仙石線(宮城県の玄関口に接続する)の瓦礫をいち早く除去した。日米産学連携による「グリーン都市(エコタウン)」構想の実験や「スマート・グリッド」構想(当初沖縄で実験予定だった)は、まず宮城県で行われる可能性がある。  
 さらに米国は、長期的に日本を操作する体制を整えている。CSISは米留学経験者が多い「民自連」に目をつけ、6月21日に派遣した調査団14人は、民主党の楢床伸二、松野頼久、長島昭久、自民党の河野太郎、平将明ら10人と会合した。

 6月、宮城県牡鹿郡女川町に、NPOが組み立て式のコンテナハウス18棟を設置し、商店街が誕生した。これは、ゴールドマン・サックス証券株式会社とゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント株式会社の資金提供による。
 8月初め、マイケル・グリーンCSIS日本部長は、日経連が開催した「夏季フォーラム2011」で復興特区を東北全体に広げることを主張した。ちなみに、復興構想会議は、民間企業でも漁業権を取得できるようにする「漁業特区」を提言した。
 9月、同県気仙沼市の漁業者に、米NGOが中古の小型船42隻を寄贈した。

 以上、高橋清隆「復興利権を狙う米国」(「週刊金曜日」2011年9月16日号)に拠る。
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