(1)2016年3月9日、大津地裁が関西電力高浜原発3、4号機の運転差し止め判決を下し、原発が再び稼働できなくなった。【注】
動き始めたばかりの高浜原発3号機を止められたことには、非常に大きな意味がある。今後の戦略を考える上でも、非常に重要だ。
動いていない原発を「動かすな」という裁判所命令と、動いている原発を「止めろ」という裁判所命令では、世論や電力会社に与える心理的影響もまったく違う。
今まで「動かす前に止めよう」「再稼働させないことが勝負だ」と言ってきたが、今回の運転差し止め仮処分決定で、動いてからでも仮処分を勝ち取れることがわかった。スピードは大事だが、「再稼働されたら終わりだ」などと思わなくていい。諦めなくていいし、焦る必要もない。
(2)電力会社としては「動かしてしまえばこちらのものだ」とばかりに、再稼働を既成事実化してしまおうと考えていたのだろうが、それが今回の仮処分で通用しなくなった。さらに、動かしたばかりの原発を止めるとなれば、手間や費用が余計にかかる。
だから、電力会社は仮処分がかかっている限り、枕を高くして眠れない。
今回の差し止め仮処分決定では、原発立地県外の裁判所で仮処分を申し立てるのが大変有効であることがわかった。
その地域の社会や経済の真ん中にいる裁判官は、そうしたものからの影響と無縁ではいられない。そこに原発があれば、影響を受けてしまうし、遠慮も働く。
でも、県外であれば、事故が起きれば被害だけ受ける「被害地元」なので、私の故郷をどうするつもりだという思いに、裁判官も共感できる。特に大津は、市民も裁判官も皆、美しい琵琶湖を見ながら暮らしているわけだ。要するに、「被害地元」にある裁判所での申し立てが大変重要であることがわかった。
最初の裁判所で1敗しても、次の裁判所で1勝すれば、原発の運転は差し止められるのだということが、事実として広く世間に示されたことも大きい。1回目は負けても、別の裁判所で改めて勝負できる。
一方、電力会社は全勝しなければならない。
(3)もうひとつ、仮処分の申し立てのいいところは、短期にやることができることだ。そのため、裁判所が策動しにくい。最高裁が介入しづらい。
今まで、何百人もの原告で本訴を行い、何年もかけ、いいところにまで訴訟を持って行っても、最後の段階になって「国や電力会社が負けそうだ」と最高裁が察知すると、裁判官を替えられ、負けたことがある。
ところが、短期間で結論を出す仮処分では、裁判官を替えにくい。スピードの速い仮処分は、その動向も察知しにくい。
ただ、今後は、関西電力が大津地裁に申し立てた仮処分決定への異議(異議審)と執行停止の審理で、最高裁が人事介入してくる可能性がある。
大津地裁での異議審は、運転差し止め仮処分決定を出した山本善彦・裁判長が担当することが決まった。裁判官の少ない地方の裁判所では、同じ裁判官が異議審も担当することが多い。
異議審では、山本裁判長と右陪席の裁判官が引き続き担当して、左陪席の裁判官だけ替わる。山本裁判長の任期はあと1年あるので、常識的に考えれば、山本裁判長たちがその任期中に異議審の決定を行う。人事異動のルールは、基本的に3年に1度とされているからだ。
しかし、裁判長クラスとなると、「玉突き人事」という例外がある。誰かの昇格人事に合わせ、玉突き式に早めに異動するケースだ。最高裁がそれを装って、山本裁判長をはじめとした大津地裁の合議体を替えてくる恐れがある。
そうされる前に、脱原発弁護団全国連絡会は今、最高裁に対して「そんな策動をするなよ」という声明を出し、牽制することを考えている。
(4)八木誠・関西電力社長/電機事業連合会会長が、3月18日、「上級審で逆転勝訴した場合、(仮処分を申し立てた住民への)損害賠償請求は検討の対象になりうる」と、電事連の定例記者会見で語り、動揺を露わにした。脅しだ。角和夫・阪急電鉄会長/関西経済連合会副会長に至っては、「なぜ一地裁の裁判官によって、国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか」「こういうことができないよう、速やかな法改正を望む」と、さらに踏み込んだ発言をしている。
角関経連副会長の発言は、本当に軽蔑すべき言いぐさだ。無知蒙昧のかぎりだ。司法と三権分立の原理をまったく心得ていない。行政が行き過ぎた時、誰が止めるのか。司法だ。
八木関電社長の発言は、スラップ訴訟(恫喝訴訟)をやるぞ、どいう脅かしだ。社会的責任がある大企業の経営者として、あるまじき態度だ。
福島第一原発が証明しているように、原発は本当に危険だ。きちんとした証拠に基づいて申し立て、それを裁判所が認めた結果、出た決定だ。
(5)しかも、今回の決定文を見ると、
「主張及び疎明を尽くすべきである」
「根拠、資料に基づいて疎明されたとはいい難い」
「相当な根拠、資料に基づき主張及び疎明をすべきところ--十分な資料はない」
「十分な主張及び疎明がされたということはできない」
「主張及び疎明は尽くされていない」
と「疎明」という言葉が何度も登場してくる。
「疎明」は裁判用語の一種で、裁判官が「そうだ」と確信するには至らないまでも、係争事実の存否について一応「確からしい」という推測を裁判官が得られる状態、あるいはそのために当事者(ここでは関電)が裁判所に証拠を提出する行為のことだ。
決定文は、その「疎明」が足りないので、原発の運転を差し止める、と言っている。疎明が足りないのは誰のせいなのか。疎明を尽くさなかった関電自身のせいだ。文句があれば自分に言え、ということだ。
八木発言については、住民側弁護団と脱原発弁護団全国連絡会の連名で、発言の撤回を求める抗議文を出した。仮処分を申し立てた住民にしてみれば、心穏やかでいられないからだ。
ただし、今回のケースで裁判所が住民に対し、関電の損害を賠償するとう命じることなど、まずあり得ない。嘘だとわかっていながら仮処分を申請したり、偽造した証拠を出したり、偽の証言をして勝ったというような、裁判官を騙すという違法行為がないと、認められないだろう。
しかも、本件では4回も審尋が行われ、その際の口頭弁論で激しいプレゼンテーションの応酬をやっているのだ。およそ1年をかけ、十分な審理を経た上で裁判官が出した結論が、今回の運転差し止め仮処分決定なのだ。
【注】
「【原発】画期的な大津地裁の仮処分決定」
「【古賀茂明】【原発】再稼働の愚 ~事故頻発~」
□河合弘之/聞き手・まとめ:明石昇二郎「脱原発弁護団全国連絡会共同代表/河合弘之弁護士に聞く 仮処分で1勝すれば原発は止まる」(「週刊金曜日」2016年4月8日号)
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動き始めたばかりの高浜原発3号機を止められたことには、非常に大きな意味がある。今後の戦略を考える上でも、非常に重要だ。
動いていない原発を「動かすな」という裁判所命令と、動いている原発を「止めろ」という裁判所命令では、世論や電力会社に与える心理的影響もまったく違う。
今まで「動かす前に止めよう」「再稼働させないことが勝負だ」と言ってきたが、今回の運転差し止め仮処分決定で、動いてからでも仮処分を勝ち取れることがわかった。スピードは大事だが、「再稼働されたら終わりだ」などと思わなくていい。諦めなくていいし、焦る必要もない。
(2)電力会社としては「動かしてしまえばこちらのものだ」とばかりに、再稼働を既成事実化してしまおうと考えていたのだろうが、それが今回の仮処分で通用しなくなった。さらに、動かしたばかりの原発を止めるとなれば、手間や費用が余計にかかる。
だから、電力会社は仮処分がかかっている限り、枕を高くして眠れない。
今回の差し止め仮処分決定では、原発立地県外の裁判所で仮処分を申し立てるのが大変有効であることがわかった。
その地域の社会や経済の真ん中にいる裁判官は、そうしたものからの影響と無縁ではいられない。そこに原発があれば、影響を受けてしまうし、遠慮も働く。
でも、県外であれば、事故が起きれば被害だけ受ける「被害地元」なので、私の故郷をどうするつもりだという思いに、裁判官も共感できる。特に大津は、市民も裁判官も皆、美しい琵琶湖を見ながら暮らしているわけだ。要するに、「被害地元」にある裁判所での申し立てが大変重要であることがわかった。
最初の裁判所で1敗しても、次の裁判所で1勝すれば、原発の運転は差し止められるのだということが、事実として広く世間に示されたことも大きい。1回目は負けても、別の裁判所で改めて勝負できる。
一方、電力会社は全勝しなければならない。
(3)もうひとつ、仮処分の申し立てのいいところは、短期にやることができることだ。そのため、裁判所が策動しにくい。最高裁が介入しづらい。
今まで、何百人もの原告で本訴を行い、何年もかけ、いいところにまで訴訟を持って行っても、最後の段階になって「国や電力会社が負けそうだ」と最高裁が察知すると、裁判官を替えられ、負けたことがある。
ところが、短期間で結論を出す仮処分では、裁判官を替えにくい。スピードの速い仮処分は、その動向も察知しにくい。
ただ、今後は、関西電力が大津地裁に申し立てた仮処分決定への異議(異議審)と執行停止の審理で、最高裁が人事介入してくる可能性がある。
大津地裁での異議審は、運転差し止め仮処分決定を出した山本善彦・裁判長が担当することが決まった。裁判官の少ない地方の裁判所では、同じ裁判官が異議審も担当することが多い。
異議審では、山本裁判長と右陪席の裁判官が引き続き担当して、左陪席の裁判官だけ替わる。山本裁判長の任期はあと1年あるので、常識的に考えれば、山本裁判長たちがその任期中に異議審の決定を行う。人事異動のルールは、基本的に3年に1度とされているからだ。
しかし、裁判長クラスとなると、「玉突き人事」という例外がある。誰かの昇格人事に合わせ、玉突き式に早めに異動するケースだ。最高裁がそれを装って、山本裁判長をはじめとした大津地裁の合議体を替えてくる恐れがある。
そうされる前に、脱原発弁護団全国連絡会は今、最高裁に対して「そんな策動をするなよ」という声明を出し、牽制することを考えている。
(4)八木誠・関西電力社長/電機事業連合会会長が、3月18日、「上級審で逆転勝訴した場合、(仮処分を申し立てた住民への)損害賠償請求は検討の対象になりうる」と、電事連の定例記者会見で語り、動揺を露わにした。脅しだ。角和夫・阪急電鉄会長/関西経済連合会副会長に至っては、「なぜ一地裁の裁判官によって、国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか」「こういうことができないよう、速やかな法改正を望む」と、さらに踏み込んだ発言をしている。
角関経連副会長の発言は、本当に軽蔑すべき言いぐさだ。無知蒙昧のかぎりだ。司法と三権分立の原理をまったく心得ていない。行政が行き過ぎた時、誰が止めるのか。司法だ。
八木関電社長の発言は、スラップ訴訟(恫喝訴訟)をやるぞ、どいう脅かしだ。社会的責任がある大企業の経営者として、あるまじき態度だ。
福島第一原発が証明しているように、原発は本当に危険だ。きちんとした証拠に基づいて申し立て、それを裁判所が認めた結果、出た決定だ。
(5)しかも、今回の決定文を見ると、
「主張及び疎明を尽くすべきである」
「根拠、資料に基づいて疎明されたとはいい難い」
「相当な根拠、資料に基づき主張及び疎明をすべきところ--十分な資料はない」
「十分な主張及び疎明がされたということはできない」
「主張及び疎明は尽くされていない」
と「疎明」という言葉が何度も登場してくる。
「疎明」は裁判用語の一種で、裁判官が「そうだ」と確信するには至らないまでも、係争事実の存否について一応「確からしい」という推測を裁判官が得られる状態、あるいはそのために当事者(ここでは関電)が裁判所に証拠を提出する行為のことだ。
決定文は、その「疎明」が足りないので、原発の運転を差し止める、と言っている。疎明が足りないのは誰のせいなのか。疎明を尽くさなかった関電自身のせいだ。文句があれば自分に言え、ということだ。
八木発言については、住民側弁護団と脱原発弁護団全国連絡会の連名で、発言の撤回を求める抗議文を出した。仮処分を申し立てた住民にしてみれば、心穏やかでいられないからだ。
ただし、今回のケースで裁判所が住民に対し、関電の損害を賠償するとう命じることなど、まずあり得ない。嘘だとわかっていながら仮処分を申請したり、偽造した証拠を出したり、偽の証言をして勝ったというような、裁判官を騙すという違法行為がないと、認められないだろう。
しかも、本件では4回も審尋が行われ、その際の口頭弁論で激しいプレゼンテーションの応酬をやっているのだ。およそ1年をかけ、十分な審理を経た上で裁判官が出した結論が、今回の運転差し止め仮処分決定なのだ。
【注】
「【原発】画期的な大津地裁の仮処分決定」
「【古賀茂明】【原発】再稼働の愚 ~事故頻発~」
□河合弘之/聞き手・まとめ:明石昇二郎「脱原発弁護団全国連絡会共同代表/河合弘之弁護士に聞く 仮処分で1勝すれば原発は止まる」(「週刊金曜日」2016年4月8日号)
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