語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【神戸】行政が「公平性」を盾に高齢者を訴え住居追い出し

2017年06月03日 | 震災・原発事故
 (1)川添輝子さん(73歳)は、震災まで神戸市兵庫区で夫と理容店を営んでいた。1995年1月17日、激震で自宅兼店舗は全壊。約1年間、公園の自衛隊テントで暮らす最中、夫は脳梗塞に倒れた。建て直された店舗はテナント料が高く、理容業は断念した。
 震災2年後にJR兵庫駅前の団地キャナルタウンウエスト(キャナルタウン)の抽選に応募、4号棟に入居した。都市再生機構(UR)から神戸市が借り上げて、被災者に貸与していた集合住宅だ。
 夫は、心筋梗塞も併発、2002年に他界した。
 家賃として負担するのは月1万円だが、川添さんの年金は月額数万円。「独立している2人の子どもに迷惑をかけられない」と、未明からの弁当作りと中央市場でのアルバイトで寝る間もなく働いた。
 2010年初夏、市は「(入居から)20年の契約期限までに出てくれ」と言ってきた。仰天して入居契約書を確かめたが、そんなことは書いてない。
 「最初は出なくてはいけない、と思って斡旋された市営住宅を申込みましたが、同じ団地の人に『出なくていいはず。いっしょにがんばろう』と言われて踏みとどまりました」と川添さん。
 2016年10月31日で神戸市の借り上げ期間が終了、川添さんは翌月にほかの3人の住民とともに神戸市から提訴された。

 (2)川添さんと同様に提訴された中村輝子さん(80歳)は、震災で夫を奪われた。倒壊した木造住宅に足を挟まれた夫は、猛火に襲われた。抜け出したが、翌日、大火傷が原因で亡くなった。家は再建できず、借地の返還を求められたので、2年後に当選したキャナルタウン4号棟に入居した。
 2017年1月10日、神戸地裁で、中村さんは「去年から脊柱管狭窄症を患い(中略)新しい住居で生活を始める体力がない。(中略)今の家は私の健康の一部」と意見陳述した。

 (3)神戸市は、このほかにも、これ以前に、キャナルタウンで2016年1月30日に借り上げ期限が切れた丹戸郁江(たんどいくえ)さん(72歳)と橋本敬子さん(54歳)ら3人も提訴している。

 (4)神戸市は、借り上げ住宅の入居継続要件として、①80歳以上、②要介護3以上、などの基準を設けた。
 しかし、兵庫県は80歳以上などが条件。それどころか、同じ県内でも宝塚市や伊丹市は、無条件で終の棲家にできる。県が統一すべきところだが、井戸敏三(としぞう)・知事は「それぞれ財政事情が違う」と逃げる。

 (5)提訴したのは神戸市が早かったが、最初に借り上げ期限がきたのは、兵庫県西宮市のシティハイツ西宮北口(シティハイツ)だ。西宮市は、2016年5月、退去拒否者10人を提訴し、神戸地裁尼崎支部で公判が進んだ。提訴された中下節子さん(79歳)は、病躯をおして裁判や集会に通い続けている。
 キャナルタウンもシティハイツも、裁判の論点は改正公営住宅法の適用と、住民が入居時に20年で契約期限が切れることを知らされていたかどうかだ。
 借り上げ方式の導入で、震災翌年に改正された同法は、32条1項で、借り上げ期間が満了すれば事業主体は入居者に明け渡しを請求できる、とする。一方、25条2項に、入居者を決定した際、満了時に明け渡さなくてはならない旨を通知す義務が定められている。
 改正法が適用されなければ入居者の権利を守る借地借家法が適用される。だが、西宮市と神戸市は、改正前に入居していた人にも公営住宅法を適用させようとしている。
 しかし、「事後法」は当事者に不利益になる場合は原則として適用できない。事案は民事だが、刑事事件なら「罪刑法定主義」に悖る。

 (6)被告にされた人たちは、「もし20年後に出なくてはならないなんて言われれば、最初から入りませんでした」と声を揃える。
 神戸市や西宮市は、「募集要項に明示した」とするが、肝心の入居許可証には一切書かれず、周知の努力もしていない。そもそも20年とは、住民と両市との間の契約期限ではなく、市とUR間での契約だ。
 川添さんは、「私より年上の入居者も頑張っているし、弁護士さんたちも支援して下さっているから、頑張らなくては」と笑みを見せる。
 兵庫県内の弁護士で作る借上復興住宅弁護団(団長:佐伯雄三・弁護士)は公判が終わると報告会を設けている。吉田維一(ただいち)・弁護士が丁寧に説明し、質問を受ける。
 こうした事案で行政が持ち出すのが「公平性」だ。神戸市も西宮市も「継続入居を認めれば(先に)応じて出ていってくれた人に不公平感が生じる」とする。2013年3月の県議会で、県の住宅管理課長は「公平性の観点から(中略)強制執行もあり得」ると答弁したが、まさに実現されようとしている。
 佐伯弁護士は、「脅し同然のように追い出した自治体がそれを言い出す資格は、そもそもない」と語るが、行政側は退去拒否者に「ゴネ得」のレッテルを貼りたいのだ。

 (7)阪神・淡路大震災では、被災マンションをめぐり、建て替え派と補修派の住民同士が訴訟沙汰になった。裁判は致し方なかったかもしれない。
 だが、今回は高齢の被災住民を自治体が「被告」に仕立てたのだ。「被告なんて呼ばれたら、それだけで恐ろしくて寝られません」と川添さん。
 借り上げ住宅問題にくわしい出口俊一・兵庫県震災復興研究センター(神戸市長田区)事務局長は、「訴えられた住民は、精神的苦痛などからも、神戸市長(久元喜造)や西宮市長(今村岳司)を被告にして反訴すべきだと思いますよ」と強調する。
 
 (8)20年期限を通知していなかったことについて、神戸市は「震災のどさくさだったから」(矢田達郎・前市長)などと弁明したが、それだけではない。「迅速な復興」を誇示したかった行政は、「被災の象徴として報じられる仮設住宅を一刻も早くなくす」をスローガンに震災5年目で実現。仮設などから拙速に借り上げ住宅に入居させて「一件落着」とした。
 戦後最大の大都市災害である阪神・淡路大震災での住宅不足解決の「苦肉の妙案」は大失敗だったが、今後、次々と「20年の期限」を迎える西宮市や神戸市は、自らの失敗を隠蔽して住民を提訴していくのだろうか。
 西宮市のルネシティ西宮津戸(つと)では、2017年11月末に借り上げ期限が切れる。松田康雄(69歳)・入居者連絡会会長は、「西宮市は年齢による継続入居許可すらなく、904歳を超える女性が怯えています」と怒る。
 現在、全国の都市は建設費や維持費のかかる自前の公営住宅をなるべく持たずに、「非常時は民間の借り上げで間に合わせる」政策へと舵を切るが、出口事務局長は「東北では民間から借り上げる“みなし仮説住宅”を大量に設けたが、早くなくしたい自治体と入居者の間でこじれるのでは」と心配する。
 「復興」誇示の陰で被災者が置き去りにされないように、東北の被災地でも監視すべきだ。

□粟野仁雄(あわのまさお/ジャーナリスト)「行政が「公平性」を盾に高齢者を訴え住居追い出し ~阪神・淡路大震災から22年(上)~」(「週刊金曜日」2017年1月20日号)
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 【参考】
【神戸】市営住宅を造らず新庁舎建設 ~被災住民の追い出し強行~
【神戸】希望の星から転落した神戸空港 ~埋立開発行政の破綻③~
【神戸】「医療産業都市」の躓きと暴走 ~埋立開発行政の破綻②~
【神戸】生体肝移植失敗の原因 ~埋立開発行政の破綻~
【震災】神戸市長田区に見る「復興災害」(2)
【震災】神戸市長田区に見る「復興災害」(1)
【旅】復興を絵画で表現できるか ~平町公の試み~
【震災】二重ローン 得するのは銀行だけだ ~その対策~
【震災】復興のカギはパイプ役(住民の自主組織) ~神戸の過ち、奥尻の教訓~
書評:『神戸発 阪神大震災以後』
書評:『復興の闇・都市の非情 --阪神大震災、五年の軌跡』


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