語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『牙--江夏豊とその時代』

2013年10月17日 | ノンフィクション
 206勝158敗193セーブ。最優秀防御率1回、最多勝2回、最優秀救援投手5回、セパ両リーグにまたがるMVP。
 これが江夏豊が18年間の現役生活で残した記録だ。
 本書は、江夏が阪神タイガースに在籍して159勝をあげた1966年から9年間、昭和でいえば40年代にしぼって、戦歴と人物を描く。

 記録に見られるように傑出した投手だった。
 高卒1年目に225個の三振を奪った。2年目には401個と倍増する(沢村賞を受賞した)。
 しかも、当初の球種は直球だけだった。
 カーブを覚えたのは入団2年目のシーズンなかばである。剛速球に加え、抜群のコントロールの持ち主だった。綿密なデータに基づく頭脳的な投球をして、打者との駆け引きは一級だった。

 並はずれた投手は、個性的なパーソナリティの持ち主もであった。
 損得を度外視して好き嫌いをはっきり示し、ことに上にへつらう者を極端に嫌った。当然、上の者からは煙たがられるだろう。事実、これが阪神を追われる遠因となる。当時の監督、吉田義男はトレード話を知りながらとぼけ通し、しこりを残した。

 他方、いったん信じればとことん信じぬくのが江夏の流儀であった。
 報知新聞の蔦行雄もこうした一人である。報知新聞は巨人よりの新聞だが、江夏は所属よりも人物を重視した。
 阪神在籍時、チーム内では特定の者を除いて付き合いはなく、浮いた存在だったらしい。
 しかし、「人間・江夏豊への本質的な不信は皆無だった。江夏がグランドの外で牙を剥いた相手は監督であり、球団幹部であり、マスコミだった」
 付き合いにくいが、信頼できる男だったのだ。

 本書は、江夏の周辺、彼と密接にあるいは表面的に関わった人についてもていねいに記す。
 著者がいうほど江夏が時代を表現しているかどうかは疑問だが、ともかく一つの時代を共有した人々が綴られている。
 時代を共有した一人に著者自身がいた。その意味で、本書は江夏を語ると同時に著者の青春をも語っている。

□後藤正治『牙--江夏豊とその時代』(講談社、2002)
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