むかし豪傑というものがいた
彼は書物を読み
嘘をつかず
みなりを気にせず
わざをみがくために飯を食わなかった
うしろ指をさされると腹を切った
恥ずかしい心が生じると腹を切った
かいしゃくは友達にしてもらった
彼は銭をためるかわりにためなかった
つらいというかわりに敵を殺した
恩を感じると胸のなかにたたんでおいて
あとでその人のために敵を殺した
いくらでも殺した
それからおのれも死んだ
生きのびたものはみな白髪になった
しわがふかく眉毛がながく
そして声がまだ遠くまで聞こえた
彼は心を鍛えるために自分の心臓をふいごにした
そして種族の重いひき臼をしずかにまわした
重いひき臼をしずかにまわし
そしてやがて死んだ
そして人は 死んだ豪傑を 天の星から見わけることができなかった
□中野重治「豪傑」(『中野重治詩集』(岩波文庫、1978))
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彼は書物を読み
嘘をつかず
みなりを気にせず
わざをみがくために飯を食わなかった
うしろ指をさされると腹を切った
恥ずかしい心が生じると腹を切った
かいしゃくは友達にしてもらった
彼は銭をためるかわりにためなかった
つらいというかわりに敵を殺した
恩を感じると胸のなかにたたんでおいて
あとでその人のために敵を殺した
いくらでも殺した
それからおのれも死んだ
生きのびたものはみな白髪になった
しわがふかく眉毛がながく
そして声がまだ遠くまで聞こえた
彼は心を鍛えるために自分の心臓をふいごにした
そして種族の重いひき臼をしずかにまわした
重いひき臼をしずかにまわし
そしてやがて死んだ
そして人は 死んだ豪傑を 天の星から見わけることができなかった
□中野重治「豪傑」(『中野重治詩集』(岩波文庫、1978))
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