語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】近代の矛盾が凝縮するウクライナ ~イエズス会が播いた種~

2016年11月03日 | ●佐藤優
 (1)ウクライナ紛争でポイントになるのは、西ウクライナのガリツィア地方だ。ここは、1945年までソ連もしくはロシア帝国の版図になったことは一度もない場所だ。古くはハプスブルク帝国、つまりオーストリア=ハンガリー帝国の支配地で、第一次世界大戦後はポーランドに属していた。歴史的に反ロシア、ウクライナ独立運動の中心で、ここの人たちはウクライナ語をしゃべる。
 同じウクライナでもロシア帝国支配下におかれた地方は、19世紀の徹底したロシア化政策によって、ウクライナ語での教育や出版が禁止され、ロシア語を話す。
 それに対してオーストリア=ハンガリー帝国は多言語主義を採用して、少数民族の言語を尊重したので、ガリツィア地方ではウクライナ語が生き残った。中心のリボフではウクライナ語の新聞、雑誌、書籍も刊行され、ガリツィア地方はウクライナ・ナショナリズムの大きな拠点になっている。

 (2)ガリツィア地方のもう一つの特徴は、周囲がみんなロシア正教なのに、ここだけカトリック信者が圧倒的に多い。
 ただし、「ユニエイト教会」という特殊なカトリック教会だ。
 宗教改革が起こったとき、ポーランドとチェコとハンガリーは、強力なプロテスタント軍によって席巻された。中世の軍隊は、基本的に傭兵ばかりだったから規律が緩く、兵は状況を見て「負けそうだ」となったら逃走して、勝ちそうな陣営に加わるというのが戦争のやり方だった。でも、プロテスタント軍は信仰に裏打ちされているから規律も厳しくて、また強かった。
 それを見たカトリックは、これは敵わんということでイエズス会を作った。イエズス会はローマ教皇直轄の軍隊なのだ。カトリックは伝統と規律の厳しさで徹底した訓練をできる組織だから、軍隊を作らせたらこれまた非常に強かった。カトリック軍は、まずポーランドでプロテスタントを蹴散らした。チェコでも蹴散らし、スロバキアに進み、ハンガリーに入ってもまだ勢いがある。それで正教の世界だったウクライナまで到達した。
 でも、ウクライナで困ったことになった。正教の連中はどんなに脅しをかけても改宗しない。それで妥協案として東と西の教会を統一したユニエイト教会を作りましょうとなったわけだ。儀式に関しては「香を焚いて〈イコン〉という聖像を拝む。その正教のやり方を続けてもらって全く問題ないです」と。カトリック教会では神父は独身をとおすけれど、正教は下級司祭の結婚を許している。これも「そのままで結構です」と。
 ただカトリックが断固譲れない点が二つあった。まず教皇が一番偉い、と認めること。そしてフィリオクェ(Filioque)という教義上の解釈を受け入れること。

 (3)キリスト教は、父・子・聖霊の三つが一体となったものを唯一の神であるとする宗教だ。しかし、この聖霊がどこから発出すると考えるか、その解釈についてカトリックと正教の間で違いがあった。カトリックは、父なる神から子なる神キリストを通して聖霊を知ることができるという解釈。これをフィリオクェという。フィリオは子で、クェはアンド(も)だから、フィリオクェとは「子からも」という意味になる。キリストは亡くなっているから、キリストの機能を果たすのは実際には教会となる。つまり聖霊を知るには教会を通す必要があり、これがカトリック教会に権力を集中させる根拠になるわけだ。
 対して正教会は、聖霊は父成る神から現れ出で、神の意思さえあれば、別に教会とは関係のない、キリスト教徒じゃない人のところへもストーンと落ちてくるかもしれないという解釈。
 教会を重視するのか、しないのかで、救済観や組織観が全部変わってくるから、カトリック側にとって、ここは絶対に譲るわけにはいかなかった。
 その結果、教義はカトリックだが、見た目は正教会という変な形の教会ができあがった。
 ロシア人はこのイエズス会のやり方を非常に汚い手口だと嫌悪していて、ロシア語では「イエズス会」っていうとペテン師とか嘘つきという意味になった。ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の中にも「それはイエズス会士だ」なんてセリフが出てくる。ペテン師のやり方だという意味で、その語源がまさにこの西ウクライナにある。

□佐藤優『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』(新潮社、2016)の「戦争はいつ起きるのか 2014年4月5日」
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 【参考】
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