タカちゃんの絵日記

何気ない日々の感動を、スケッチと好きな音楽と、そして野鳥写真を。。。

 ♪ 野田あすか:「かなしみの向こう」 ・ピアノ演奏♪

2017-07-29 | その他

引き続きお絵描き練習、「姫ちゃん」に再び挑戦です。        どうでしょう、パステルによる表現も少しは進歩したでしょうか。        自我自賛でした~。        でも、孫は可愛いいですね~。

ここで、じじバカ経験者として、はたと考えました。        「孫は、なぜこんなにも可愛いのだろうか?」と。。。そしてネットで検索していたところ、「なるほどな~」と思う記事に出会いました。(お借りして来ました。)        

『子供と孫、いったいどっちがかわゆいの?』
『孫!!』(即答する大門)
正確に言うと、比べられるものではないと思うのだが、体感的に可愛いと思える時間が長いのは、圧倒的に孫なのである。        もちろん、子供も可愛い。        だが、残念ながらすでに二人とも成人しているので、『かわいい♪』と、抱きしめたくなる時期は、とうに過ぎた・・・        では、現在の孫の年齢と、同じ頃に、子供のことを、現在の孫と同じように可愛かったかというと、そうではない気がする。        
なぜなら、私自身が子育てをしていて、いっぱいいっぱいで、てんぱっていて、ヒーヒー言っていたからである。        孫はというと、申し訳ないが、適当に相手できる時間のみ、相手をしているので、『こいつーーーーっ!!』と、思う時間が、ほとんどないのである。        まして私の場合は、特別な場合を除いて、2時間のみ必死で相手をすると決めている。        全力で、子供の相手をできるのは、2時間が限界なのである。        1時間45分を経過したあたりから、胸のランプがピコンピコンと点滅し始める。        ギックリ腰を何度もしている老体であるからして、4歳児と1歳児のお相手は、体力的に苦しいものがあるのだ。        なにせ、奴らときたら、テレビの液晶画面をペシペシ叩き、クレヨンでお絵かきするのである。        扉という扉は、全て開けようとチャレンジする。       1歳児に至っては、手に触れるもの全て、味見しようとするのだ。        一人で子守りするのは、2時間が限界である。
さて、話しは戻るが、私が子育てをしている時は、そんな『2時間がギリです!』という状態を、24時間体験する訳である。        『やーーーめーーーてーーー』と叫びたくなること、しょっちゅうなのだ。        よって、可愛いと思っている暇がほとんどない。        寝てくれた時に、『可愛いな』と思えるのが、やっとという感じだった。        なので、『子供と孫、どちらがかわゆい?』という質問には、『孫』という返答になるのである。        ちなみに、『男の子と女の子、どちらがかわゆい?』という質問にも、『男の子!!』と即答した。        こちらも、正確に言うと、どちらも可愛いのである。        同じように可愛いと、言いたい所だし、昔は、同じように可愛いと思っていた。        だが、心理学なんぞ学び、カウンセラーなんぞを職業にするようになって、認めたのである。        娘と私の間には、競争や嫉妬があるのである。        それは、同性だからであろう。       
娘の私に対する、競争心や嫉妬心は、すぐに認めることができた。
だが、自分が娘に競争心や嫉妬心を持っていることを、認めるのには、少々時間がかかった。
『私が?娘に?嫉妬?』         だが、確かにあるのだ。
それは、娘が思春期に差し掛かるあたりから、明確な形を示し始める。        だが、つい・・・見て見ぬふりをする。        思春期というのは、男の子も女の子も、それぞれの性別がハッキリしてくる。        今まで、男女一緒に遊んでいたのが、男女別々に遊ぶようになり、『男』『女』というのを、意識し始める。        親から見ても、子供が『女の子』から『女性』に変わりつつかることがわかる。
そうすると、同じ女性である自分の中に、競争心や嫉妬心が芽生えるのだ。        
よって、競争心や嫉妬心がない、異性である男の子の方が、可愛いと感じやすいのだと思われる。        そんな嫉妬心や競争心を乗り越えて、お互いが対等な大人の女同士となると、そこは同性なので、息子よりも、わかりあえるのである。        競争心や嫉妬心を乗り越えるのは、簡単ではないが、できるのだ。        何も親子でなくとも、競争心や嫉妬心というのは、芽生える。        簡単にちょちょいのちょい!では、いかないが、のり越えていくことはできますから、ご安心を。            ~出典・心理カウンセラー・大門昌代オフィシャルブログ(大阪地区所属)~より。<原文のまま>

しかし、である。        私自身は経験(既に祖父母がなく)は無いのだが、孫が成人した後、本人から「大変可愛がってもらい育った。 今でもおじいちゃんおばあちゃんのことは、大好きだ。」と言うのをよく聞く、祖父母が孫にかかわる時間は、父母に比べて雲泥の差はあるのは事実であるが、それでも人格形成に、少なからず影響を与えているのは間違いないと思うのである。         ゆめゆめ溺愛(私の様に)すれば良いと、言うものではない事を心せよである。        

 

 

 

 

発達障害等のハンデを抱えながら、幾多の試練を乗り越えピアノの音()を自分の心の言葉として奏でる、野田あすかさんの演奏に、昨夜は感動しましたので取り上げてみました。

野田あすか:「かなしみの向こう」