タカちゃんの絵日記

何気ない日々の感動を、スケッチと好きな音楽と、そして野鳥写真を。。。

スーパーの、おせち料理で、間に合わせ。

2011-12-31 | 風景

 正月は孫娘の所で一緒に、と思っていると孫から「今、

バスで島根に向かっているからネ」と、突然の電話が入り、

島根にやって来てしまいました。

 お陰で我が家の予定がすっかり狂ってしまい、急遽予定を

変更して、スーパーマーケットで、おせち料理、年越しそば等を

買い込んできたところです。

 他に正月準備は何もなく、「今夜は、大好きな紅白歌合戦が

あるし、料理作りもあるし、、」と独り言。

 うちの奥さん、頭を抱えています。

 結局、今年は、買ってきた「おせち料理とお雑煮」だけの、シンプル

な正月で行こうということになりました。

 こんな調子ですから、年が明けたら、また、また大変な一年になり

そうな気配です。

 でもそれくらいが、生活に張りがあって良いのかもしれません。

 

 


「その匂い、桃より白し、水仙花」 松尾芭蕉

2011-12-30 | 風景

  

   水仙   ウィリアム・ワーズワース(田部重治訳)

~谷また丘のうえ高く漂うくものごと、
  われひとりさ迷い行けば、
  折りしも見出でたる一群の
  黄金(こがね)色に輝く水仙の花、
  湖のほとり、木立の下に、
  微風に翻りつつ、はた、踊りつつ。

  天の河に輝やきまたたく
  星のごとくに打ちつづき、
  彼らは入江の岸に沿うて、
  はてしなき一列となりてのびぬ。
  一目にはいる百千(ももち)の花は、
  たのしげなる踊りに頭をふる。

  ほとりなる波は踊れど、
  嬉しさは花こそまされ。
  かくも快よき仲間の間には、
  詩人(うたびと)の心も自ら浮き立つ。
  われ飽かず見入りぬ──されど、
  そはわれに富をもたらせしことには気付かざりし。」

  心うつろに、或いは物思いに沈みて、
  われ長椅子に横たわるとき、
  独り居(ひとりい)の喜びなる胸の内に、
  水仙の花、しばしば、ひらめく。
  わが心は喜びに満ちあふれ、
  水仙とともに踊る。 ~


 およそ一世紀も前に、イギリスの自然詩人・ワーズワースによって謳われた

この「水仙の花」が、当地では今、その名の如く時には雪を被り、(雪中花)

清楚なたたずまいで、香しく咲いています。

 県西部・益田市の日本海を望む鎌手海岸の高手には、群生する水仙が、

海から吹き上げる風に、波打つ様に咲き乱れています。

 風の穏やかな日に出掛けて見られたら、辺り一面に水仙の神秘的な

芳香が漂い、しばし瞑想の世界に浸ることが出来る、空間です。


水仙と、競って咲いてる、菜の花が。

2011-12-29 | 風景

 先日、散歩コースの土手のを歩いていると、下の川原に

水仙の花が咲いていました。

 今日は写真に撮って来ようと、ウォーキングにカメラを提げて

出掛けて見ると、水仙の向こうに、菜の花も咲いるのを見つけました。

 午前中陽射しが肌に暖かく感じる陽気でしたが、それもほんの

数時間、珍しくも布団干しが出来る陽気でしたが、まさか菜の花まで

咲くとは、驚きです。(温(暖)室栽培を考えれば当たり前か? これも

人間が作った罪かもしれません?)

 今年は、この時期になっても比較的暖かい日があるため、春に

咲く花が、我も、我もと、待ち切れずに咲いてしまう様です。

 ほんの3キロほどのウォーキングですが、一気に歩き抜くと、ジンワリ

と汗が出てくるほどです。

 冬は「寒くて嫌だ」、夏は「暑くて嫌だ」」と言っても、日本は四季が

はっきりしていて、春は暖かく、夏は暑く、秋は過ごしやすく、冬は寒い。

だからこそ、四季それぞれの趣があって、いいんですよネ。

「あ~、それにしても寒い。」

 

 

 


黒かわら、往時をしのぶ、大社線。

2011-12-28 | 風景

出雲大社の玄関口、旧JR大社駅です。

大正13年に改築されて以来、H2の廃線まで出雲大社

参拝客などの足となった、JR大社線の神社様式を取り

入れた、全国的にも珍しい、木造建築の駅です。

今は、大社に来られる人のため、往時の姿そのままに

保存されております。

私達が子供の頃は、年に1度あるか無いかの、村外へのお出掛け

と云えば、正月の大社さん参りくらいなもので、「汽車に乗れるぞ。」

と、大変嬉しかったものです。

この大社線が廃止になった後の数年は、交通の便も悪く、自家用車

による初詣客が多く、大渋滞で大変でした。

寒い中身体を温めるのはそばが一番、「出雲そば」の美味いお店と

云えば、大社のものです。(念のため、私は営業関係者では有りません)

そば好きの方は、参拝の途中、食べに立ち寄られた、きっと満足される

と思います。

 もうすぐ初詣ですネ。


年の瀬に、かえりみる事、あれやこれ。

2011-12-27 | 風景

珍しくも年賀状を早目に書き終り、気分的に

ゆったりの年の瀬が迎えられそうです。

自分で挽いた珈琲を飲みながら、好きな読書

の合間に、この一年を振り返っていますが、

2011年は、大震災はじめ内外、ほんとうに

色々な事があった大変な一年でした。

何かと、学ぶべきところの多い年でもありました。

私的には、長年続けてきた日本画の展覧会出品を、

体調を崩して断念しましたが、代わりに夢だった

ブログを立ち上げることが出来て喜んでいます。

さて来年は「一年の計」を、「竜年」ですが何にしましょうか。

何に向かって、歩き(昇り)ましょうか。 

 

 


潔し夜、ショートケーキで、お祝いだ。

2011-12-26 | 風景

今年も、クリスマスには、サンタさん役を幾つか

やらせてたいただきました。

でも我が家のクリスマスは、コンビニで買ってきた

ショートケーキと珈琲による、老夫婦とチワワと三人?の

慎ましやかなパーティーでした。

一番のプレゼントは、みんな元気で、潔しこの夜が迎え

られたことでしょうか。

 外は、また雪が降り出してきましたよ。


青い海、白い灯台、外国船。

2011-12-25 | 風景

  青く澄んだ冬の海を背にして立つ、出雲日御碕灯台です。

 島根半島の西端、出雲大社の西方の岬に建つ、白い石積みの灯台は、(明治36年初点灯・日本一の高さを誇り(約40米)・光の到達距離約39km)世界灯台100選にも選ばれた灯台です。

 50数年前、小学校の遠足でこの灯台を初めて訪れ、係の人(灯台守?)の案内で、急な螺旋階段を最上部まで登り、眼下の海を眺めた記憶があります。

「俺いら岬の灯台守は、妻と二人で、沖行く船の無事を祈って、灯をかざす、灯をかざす」~喜びも悲しみも幾歳月~

 きっと、この灯台にもかつては、そんな灯台守の生活があったのでしょう。

 現在、国内で灯台守の駐在する灯台は、「長崎県・女島灯台」と「青森県・竜飛埼灯台」の2個所のみとなってしまい、これらの灯台も1~2年後には無くなると云うことです。

 以前、雑誌で灯台守の方のコメントを読んだ事がありますが「(灯台の灯を見るとホッとする。)と語られた、ある船長さんの言葉を拠り所に、使命感のみでここまで来ました。」とあり、感動しました。 

 過酷な条件の下で、人知れず使命を果たす、灯台守の生活の染みついた建物、そんな「灯台」を見て歩くのが好きです。


幸せの、光を追って、福寿草。

2011-12-24 | 風景

鉢植えの福寿草の花が咲き始めました。

 窓際で、時々雲間から顔を出す陽を追って、真っ黄色いお陽様の様な花が咲いています。

 「幸せを招く」この花は、未曾有の大地震で被災され、心身ともに大変な苦難の中を、復興に向けて力強く生き抜いておられる、東北の皆さんにこそ、一番捧げたい花です。

 大変つらい状況の中にありますが、福寿草(向日草)の様に、光に向かって一歩一歩、ひたすら前に向かって歩き、幸せをつかみ取って欲しいと祈るばかりです。

  皆さんを心から応援する多くの人々の、「祈り」や「願い」の心は、被災された皆さんに、必ず届くと信じています。

 野に在る福寿草も、やがて次から次へと、希望の黄色い花を咲かせる暖かい春は、必ずやってきます。

 


いい波だ、きっと釣れるぞ、寒メジナ。

2011-12-23 | 風景

 昨日に続いて、メジナ(クロイア・クロ)の話、今日は朝から穏やかな日になりそうな気配。

 隠岐の島で釣りを覚えて以来、釣歴40数年、寒くなり風の比較的穏やかな、こんな日には海が気になります。

 一貫してメジナ狙いでやってきました。

「釣れても釣れなくても海を見るだけでいい」等とおっしゃる太公望さんも居ますが、そんな事はない。

釣り人は、ひたすらメジナの大物を求めて、寒い中を海に向かいます。

釣りの講釈は切りが無い。

とにかく海を見て「今日は釣れそうだ。」と云うところから、スタートです。

安全第一で、行ってきま~す。

 

 


寒風と、荒波受けて、海苔を摘み。

2011-12-22 | 風景

 若い頃、隠岐の島に住んでいた事があり、地元の漁師さんに連れられて、海苔摘みに何回か行ったことがありますま。

 早朝、サイレンの合図と共に、港から何十艘もの小舟が、競って沖の岩場に向かって漕ぎ出す様は、勇壮なものです。

  島根では、今が海苔摘みの最盛期、これは「大変」の一語に尽きる作業ですが、漁村ではご婦人方の仕事ということになっています。

 これからの時期、暖かい日は少なく、ほとんどが岩場に立てないほどの強い風雪、海を背にして打ち寄せる荒波、加えて足元の滑り易さ、常に見極めながらの海苔摘み作業は、素人には1回経験すれば「もうゴチソウさん」、2度とやりたくない重労働です。

 それに摘み採った海苔は、その日の内に、冷たい水を使いながらの、スノコ干しの作業が待っています。

 私は、正月用の「かもじ海苔」を見る度に、必ずこの時の事を思い出します。

 以前に比べて、海苔が生える岩場が少なくなってきていると聞きますが、やはりお雑煮には、ご婦人方が苦労して摘み採った、地磯の岩海苔が一番美味しいですね。

 そうそう、岩海苔摘みに併せて、同じ岩場に上がらせてもらってメジナ釣りをすると、摘んだ海苔片が、波にさらわれて撒き餌となり、メジナの大物が良く釣れたものです。  

大漁間違いなし。(メジナは岩海苔が大好物)

 

 


三年後、パインがみのり、食べれそう。

2011-12-21 | その他

 寒くなって来たので、妻が和室の出窓に取り込んだ、観葉植物を見ていて気が付きました。

 パイナップルの葉の様な観葉植物鉢植え、その根元に立ててある名札に、「パイナップル・H23・7・植える」、裏には「NHKテレビで・3年後にパイナップルの実が生る」と書かれていました。

 これは、きっと妻の仕事です。

 今年の夏、テレビで、パイナップルの自家栽培番組でも見て、自分で工夫して植えたのでしょう。(そう云えば夏頃、葉の着いたパイナップルを買ってきたことがありましたっけ。)

 パイナップルは、気温20℃以上が生育環境の様ですので、冬を何とか凌げればこの地域でも育つでしょうが、それにしても「3年後」とは、妻らしい遠大な計画ですが、黒マジックではっきりと書いてあると、何だかほんとうに食べれそうな気がしてきました。(思わず苦笑)

 でも、夢のあるいい話じゃないですか。

 それよりも、この小さな植木鉢でもつのか?それが心配。

 

 

 

 


たまねぎが、元気に芽吹く、この陽気。

2011-12-20 | 風景

  他所からいただいた、玉ねぎもジャガイモも、カレーライスやみそ汁、煮物等に大活躍し、残りは少なくりましたが、暖かい気候の勢か、軒下で早くも芽をふき始めてしまいました。

 芽の青い部分は、ネギ代わりにみそ汁に入れたりして使っていますが、球根の方は、スカ、スカで

味もそっけもなく、食べれたものではありません。

 そう云えば思い出しました。

 昔、芽の出た玉ねぎを植えて見たことがありますが、玉ねぎは出来ず、分厚いネギの様なものになりました。(味は玉ねぎの葉と同じで、食べられます。)

 玉ねぎもジャガイモも、一年を通して一番良く食べる野菜、しかし、どちらも収穫後長期間経つと気候の影響もあって芽が出てきます。

 ちなみに、芽の出た玉ねぎを食べても健康に影響はありませんが、農業をやっていた私の実家では、昔、母親が「芽の出たジャガイモには毒があるから食うな」と言っていました。

 それ以来、発芽・緑化ジャガイモは怖いとばかりに避けてきました。

 この歳になって改めて、母が云っていたことは根拠があるのだろうかと、参考にと調べてみますと、発芽・緑化ジャガイモには、「ソラニン」と云う神経毒の一種が含まれていて、数件の死亡が報告されている様です。

 間違いでは無かった。

 

 

 


大掃除、玩具、写真に、手が止まり。

2011-12-19 | 風景

  今日は、この一年間に溜まったゴミの大掃除にボチボチ取り掛かろうかと、まずガラクタの仕分け作業に着手したのですが、しかし運悪く最初に家族アルバムや孫のオモチャの入った段ボール箱に手を付けてしまいました。

 前にも同じような事があった記憶?があります.

  最初におもちゃで手が止まり、アルバムを一、二枚めくって完全に作業が中断し、頓挫してしまったからです。

 どこの家庭も、写真やオモチャには、一つ一つ「あの頃は」の、思い出が詰まっているものです。

 子供達の、あどけない一枚の写真が瞬時に時空を超えて、「あの頃若かった。」、子育てを巡って妻や祖母達に「お父さんは子供にほんとに甘いんだから。 過保護だわ。」などと、随分非難された事もありましたっけ。

私もまだ二十代前半「子供は、愛情をたっぷりと注いで育てれば、大きな間違いはない。 良い子に育つものだ。 人として絶対にしてはいけない事をした時は、厳しく叱るから大丈夫だ。」等と、気負っていた事を、写真を見るにつけ、懐かしく思い出しました。

結局、午前中の仕分け作業の予定は、大幅に遅れてしまいましたが「まっ、いいか。 まだ時間はあるし、、、」と、あっさり先送りとなりました。

何故でしょうかね。 

毎年のことなのに、年賀状書き、障子の張り替え、大掃除、いつも年末ギリギリにならないとできません。

 


寒風が、キンカンの雪、振りはらい。

2011-12-18 | 風景

 天気予報では、全国的に雪の降る冬型の天候と云うことで、覚悟はしていましたが、今朝の当地は、ほんとうに寒い朝でした。

 起床とともに、外気を取り込むため窓を開け放つと、向かいの屋根には薄らと、昨夜の雪が積もり、今もチラチラと雪が降っており、本格的な冬の到来を思わせる、今年一番の寒さとなりました。

 家の南側面した空き地に、「キンカン」の木を植えていて、毎年100個ばかりの実を着ける割には、誰も余り関心を示しませんが、今朝は、黄色い実が雪を被って震えながら、アピールしている様なので、一つもぎ取って口にすると、意外や意外、みずみずしくてとても甘く、本当に美味しいキンカンで見直しました。

 こんなに美味しければ、もう少しして収穫し、おせち料理の「甘露煮」を作り、一品添えたいと思いました。

 師走も半ば、外は花物がすっかり少なくなりましたが、実物はまだまだ、赤や黄色の色を添えて頑張っている様です。

 


踊る阿呆に見る阿呆、同じあほなら踊らにゃ損。

2011-12-17 | 風景

  妻は、長年フォークダンスをやっています。

 一にも、二にも「楽しく踊る」ことをモットーに、もう20年近くも踊っていますが、踊りに打ち込んでいる時が、一番輝いている時の様です。

  歳をとっても、教えられたり教えたり、和気あいあい、賑やかなことです。

 最近は、フォークダンスを中心にしながらも、色々な踊りにもチャレンジしている様で、時々、「歳には勝てない、、、なかなか覚えられない、、、嫌になる。」等と、愚痴ったりしながらも、結構前向きで、一生懸命に勉強しています。

 4年くらい前から、老人ホーム等での慰問活動にも取り組んでいますが、声高に「ボランティアをやっています。」と、云うのではなく、お年寄りと一緒に踊って楽しむという活動の原点は、素晴らしいとことだと思います。

 ほんとうは、お年寄りから、「元気や知恵」を、貰いに行っているんじゃないかと思います。

 いずれにしても、自分が打ち込める事があるのはいいことで、更らに、それによって「新たな出会い・触れ合い」が生まれ、人生に「充実感や活力」が得られるのは、この上ない幸せと云うものです。

 人間、何歳になっても、目標を持ち何かに打ち込む事ができるのは、幸せなことです。