27年3月1日
この日もただただ痛みに耐える一日。 術後「ガスが抜けたのか」とよく聞かれますが、まだ抜けていないためか、腹部の膨満感に伴う痛みは結構辛い。これは開腹手術の場合、早くから歩行、
運動と休養のバランス が大切だと言う事である。 術後何らかの原因で、腸閉塞になることがあるからである。
27年3月2日
痛みに耐えて歩行訓練(リハ)をした結果だろうか、今日はガスが抜けて腹部膨満が解消され痛みも半減してきたのだが、気を紛らす術もない夜に入ると、痛みが出て来る。 鎮痛剤を飲みながら耐える。 とにかく長い夜。。。が続く。
27年3月4日
術後の各種検査を繰り返しながら自主的なリハビリに励む。 今朝は最後の管が体から抜かれ、これでやっと自由の身になった。 気力体力も徐々に回復に向かいつつある。 術後初めて経口食を摂る。 軽い食事ではあったが美味しく完食出来たのが嬉しい。
~ラッキー7~
思い起こせば、6年前に最初に肝細胞癌が発見されたのが2月27日、そして入院までの応急処置(冠動脈塞栓術・抗がん剤投与)の為に日赤病院に入院したのが、3月17日、そして今回の肝細胞癌の早期発見も2月17日、手術が27日、すべてが7重なりなのである。 肝細胞癌の場合、発見時には70%が手術不可能であると事からしても、私にとってはもうこれは~ラッキー7~と言うほかないのである。
27年3月5日
昨夜から息をするのがとても息苦しい状態が続いていたが、朝エコー検査をした結果、肺に水が溜まっているとのことで、午後に入り背中から肺の水を抜く。 ベッドに同じ姿勢で約1時間座ったままの処置は、結構辛いものがある。(抜かれた水の多さにはちょっとビックリ。) 次第に呼吸も楽になって来た様だ。
27年3月6日
この日の朝の体重測定で49キログラムにまで落ちていた。(入院時56㎏) これには正直大変ショックを受ける。 ただ1週間以上も絶食状態(点滴のみ)なのだから、致し方ないだろう。 入院後、初めてシャワー使用許可が出て、シャワーを浴びると痛さ、辛さも一緒に洗い流してくれた感じで、気分爽快。 今日は少しハードな自主リハビリを行った。 そのためか、夜もよく眠れた。
27年3月7日
入院後一番の気持ちの良い目覚めであった。 朝の回診時に主治DRから「明日、退院で良いですね。」と唐突に聞かれるも。。。「まだ痛みはひどくて退院してもこの状態では、日常生活や帰県もままならないので、もう少しの間居させて欲しい。」と、退院日について交渉(順番待ちの人がいるとしても、これだけは譲れない。) 結果、延期が決まった。 未だ抜糸もできていないのに。。。それに最後に管を抜いた部分から体液が滲み出るため、傷口を本日縫合してもらった。
27年3月11日
~~今日は、「3・11大震災」から4年目の日、未だ震災の大きな傷痕は、人の心、土地、生き物など全てのものに残っており、予測不能な自然災害で「想定外の不運」の一語で語られる問題ではない。 その苦しみは経験した者にしか分からないだろう。 福島の原発の完全廃炉までは、少なくとも40年以上もかかると言う。 事故当初、国内の原発全廃炉論争があれだけ高まっていたのに、今では再稼働への準進が進められている。 人間の英知を超えて
制御不能の核 、事故の経験のない人間が考える核に対するおごり以外の何物でもないだろう。 今すぐ廃炉に向かうべきだと思う。 その決断こそが国の指導者達の大きな仕事ではないのか。~~と、記帳
徐々に気力体力も回復しつつあり、遂に3月13日の退院が決まった。
27年3月13日
10:00に退院、一旦マンションに帰り、少しでも身体を慣らしてから帰県することとした。
帰県までの5日間、日常生活に対応して行けるようにと、街に出て歩行訓練(リハビリ)に撮れ汲む。 傷口はまだ結構痛くて大変であるのだが。
27年3月17日
いよいよ島根に帰る日、マンションを引き払い、なるべく歩かない様にしながら、羽田空港でも車椅子で介助されながら搭乗、一路我が家へ。
20数日振りの我が家であり、「我が家はいい~~。」
その後の日常は、一回目の術後とは違って、予後のQOLは格段に落ちるため、
自から体力、気力の回復に立ち向かうち気持ちが不可欠である。 と思う。
当ブログの読者の方、がんの罹患が発見された人、あるいはれから切除手術に向かわれる方、そして今まさに闘病中の方達に、私の今回の経験上、参考になることがもしあるとすれば、
がんに罹患した場合に一番大切な事は、「病と闘うと言う確固たる気持ち持つこと。」「手術をするには、医者を選ぶこと。」「予後のQOLの低下や辛さには、常に目標を持つこと。」ではないかと思う訳です。
畑に種を撒けば、やがて芽も出て実も生る事でしょう。 それも大きな楽しみです。
その後も色々ありましたが、こうして元気になって元気な時と変わらない日常生活を送ることが出来ています。 ちなみにここ五日、自家用車を運転して広島へ元気に出掛けて来ました。 今日は日本画教室の日、次の作品に向かいます。
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スティヴィーワンダー:マイセリー・アモール