昨日の記事「豪徳寺の招き猫」でとりあげた3枚目の画像です。昭和53年刊「ガラクタ百科・身辺のことばとそのイメージ」(石子順造 著・平凡社)からの画像の一部ですが、やっぱり3体並んでいる招き猫のうち真ん中は常滑産。そして右の豪徳寺の招き猫、左の今戸の白井さんの招き猫。形状的にとてもよく似ているので兄弟ではないか、と記したのですが、よりビジュアル的に比較検証してみたいと思います。まず1枚目の画像は昨日の画像3枚目と同じです。こも画像のページにはたくさんの招き猫が同一画面に並んでレイアウトされている中の一部です。ただ、よく見るさまざまな猫が並ぶよう大きさを縮小拡大して並べてあるようで、例えば真ん中の純常滑の猫の撮影されている角度はやや見上げて撮った感じで床と猫との接する面が水平に近い感じです。しかし右の豪徳寺と左の白井さんの撮影角度はやや上からで床との接する角度は大雑把に同じくらいです。実際に大きさが揃うようにしてありますから実物の大きさは実際違うかもしれませんが、今と違って昭和53年だと特別な表現として画像を加工することもないと考えられるので実物の大きさが違っていてもプロポーションは比較できそうです。
まず気になる白井さんのと豪徳寺のを白黒コピーにかけアウトラインに沿って切り抜いてみました。そして蛍光マーカーで白井さんは縁結びのピンク、豪徳寺はそよ風のブルーに塗って色分けしてみました。ふたつの猫の向かって左側、つまり猫にとって右足から招いている右手のわきの下から腕の付け根にかけてほとんど近いラインなので「縁結びピンクの白井さん」と「そよ風ブルーの豪徳寺」とを向かって左(猫にとって右)の足から腕にかけてのラインを基準に交互に重ねてみました。
まずは白井さんが上(縁結びピンク)、豪徳寺が下(そよ風ブルー)
次に豪徳寺が上(そよ風ブルー)、白井さんが下(縁結びピンク)
白井さんのほうがちょっと招く手が長いとか豪徳寺のほうが耳が長いとか末端的な違いがありますが、こんなに重なっているって偶然とは考えられないのでは????他人のそら似とは言えないのでは???? 「♪親の血をひく兄弟いい~」????、、。
今度はカラーコピーしたものを切り抜いてみました。そして白井さんのは目の位置を高く描いているので切り貼りで下に移動させてみました。もうっちょと下げたほうがよかったかな?アウトラインはいじっていないので両目を下に描いたとすれば、より近づいた感じしませんか?
今度は仲良くくっつけてみました。片方だけ鈴を紐で通してますが、、。(ひとりだけズルイ?)
仮に豪徳寺風に鼻の頭をピンクにしてみると、、、。
また元に戻って昭和53年以前の白井さん同士をくっつけると大人気「縁結び招き猫」の出来上がり。「♪ああー 日本のどこかにぃ~私を待ってる人がいるう~♪」→→神社で合コン→→白山様のご利益→→「♪愛あなたとふーたりい~♪」
現在のは磨耗してもっと丸くなっているのでは、、。
ついでに豪徳寺同士をくっつけてみました。これ豪徳寺でもヒットするのでは、、?ご利益ありそう、、、「縁・む・す・びぃ!」。
まあいろいろ試してみましたが、元の写真の白井さんと豪徳寺は撮影の上下の角度はほぼ同じくらいとして左右の向きは微妙にずれて撮影されているとしてもプロポーション的にはこんなに重なるというのは他人のそら似とは考えられない、、。「♪兄弟船は~熱いこの血はヨ~オヤジ譲りだぜ~♪」
ついでにちょっと余興に、、。こんな縁結び招き猫はいかがでせうか?
↑何だか怖い!!ドッペルゲンガー丸〆猫。「ばちが当たりそう??」
気を取り直して眼の位置を下げて、眉を隠して、。
仲良くくっつけて。(眉を隠すのにちょうどいいトーンの紙がなくて残念。)
こまどり姉妹。。。 リンリンランラン留園♪♪♪
「豪徳寺の招き猫①」へ→
重ねてみると案外違わないのには驚きました。色もよく似てます。おもしろい実験でした。ご選曲が懐メロですね。聴いたことはあるかもしれませんが親の世代ですね。(笑)
母がこういうコマーシャルあったと言っていました。(笑)
今度そう言う目で自分の招き猫を見てみます。
はじめまして。コメントありがとうございます。
笑いをいただき、ありがとうございます。
両者のどちらが先かわかりませんが、どちらも常滑の流れを受けているからこそ、プロポーションがこんなに同じなんだという視覚的実験のつもりで試してみました。豪徳寺の招き猫に関しては門前でひさがれていた製品の変遷があるので特にどうこうということはありませんが、自称「招き猫発祥の地」のシンボルが今戸系ではなかったというのはつまらないですね。(もちろん招き猫発祥の地は浅草の観音様境内と三社様が正しいと思っています。)お母様昭和何年生まれですか?「留園」のCMをご存知だということは同じ世代かもしれませんね。
今戸の土人形は下りものの伏見人形をベースに始まって、今戸独自の発展をしたものなので、型や彩色に伏見の名残が見えるということは「伏見系の産地のひとつ」として当然のことで、戦前の尾張屋さんの時代まではそうしたものが今戸の特徴にもなっていました。今戸式の横座り招き猫のモデリングは今戸独自の発展だと思いますが、目の瞳の入れ方や鼻の頭に墨を入れる、鼻腔として朱か赤で点を置くという描法は伏見人形を母体とする今戸人形の歴史を物語るものだと思います。この記事の両者ともほとんど同じプロポーションであるということは(昔の常滑のプロポーション)どちらが先であっても尾張屋さんまでの江戸から続いていた伝承の延長線の上にはないもので、完全に断絶しているとしか見えません。最近、自ら「招き猫発祥の地」を名乗っている場所で、常滑系のものでPRしているという事実は奇妙でもありつまらないと思います。一応暖簾は古い老舗の日本蕎麦屋さんが日本蕎麦の秘伝がわからないから同じ暖簾でイタリアンスパゲッティーを出しているような感じでしょうか。
ところで春さまは芝公園の「留園」でお食事されたことありますか?今はもうないようですね。
失礼しました。
リンリンランランはご存知ですよね。自分が小学4年か5年か6年生の頃売り出した双子のユニットで「~のインディアン人形」という持ち歌で出てきました。芝公園にあった中華料理の「留園」のコマーシャルをやってましたが、小学生ではひとりで食べに行くのは無理で、結局行ったことがないうちに今ではもうなくなってしまったそうです。小学生の頃は肉類はひき肉料理以外何も食べられなかった(苦手だった)のも留園へ行けなかった理由のひとつでした。世代的にご存知なのでは?と思ったのでした。