去る23日(土)のオーディオ巡回から1週間余が経過した。当日は福岡のマニア宅を3箇所立て続けに“はしご”したわけだが、受けた衝撃は大きかった。
最初のKさん宅の「真空管50シングル・アンプ+ローサーのPM6A」、2軒目のGさん宅の「真空管71Aシングル・アンプ+WE555ドライバー」、そして最後のSさん宅の「真空管PP5/400シングル・アンプ+タンノイ・シルヴァー」。
こうして書き出してみると三者の共通点が一つだけある。それは使ってある出力管がいずれも1950年代以前の古典管で「ナス型」の直熱三極管、そしてアンプはシングルタイプ。
そして、鳴らし方のノウハウもさることながら各システムが発する独特のオーラも大いに気になった。この自然に醸し出されるオーラはいったいどこに由来するものなんだろう?
音楽と同様に言葉ではうまく表現できない性質のものであることは間違いないが、あえて言えば持ち主のオーディオに対する熱意から伝わってくる「以心伝心」のようなものかな~。
文豪「志賀直哉」が48歳(1931年)のときに発表したエッセイに「リズム」と題したものがある。次はその一節である。
≪偉(すぐ)れた人間の仕事――する事、書く事、何でもいいが、それに触れるのは実に愉快なものだ。自分にも同じものが何処かにある、それを目覚まされる。精神がひきしまる。…… いい言葉でも、いい絵でも、いい小説でも本当にいいものは必ずそういう作用を人に起す。一体何が響いて来るのだらう。
芸術上で内容とか形式とかいう事がよく論ぜられるが、その響いてくるものはそんな悠長なものではない。そんなものを超越したものだ。自分はリズムだと思う。響くという連想でいうわけではないがリズムだと思う。
このリズムが弱いものは幾ら「うまく」出来ていても、幾ら偉そうな内容を持ったものでも、本当のものでないから下らない。小説など読後の感じではっきり分る。作者の仕事をしている時の精神のリズムの強弱――問題はそれだけだ。
マンネリズムが何故悪いか。本来ならば何度も同じ事を繰返していれば段々「うまく」なるから、いい筈だが、悪いのは一方「うまく」なると同時にリズムが弱るからだ。精神のリズムが無くなって了うからだ。「うまいけれどもつまらない」という芸術品は皆それである。幾ら「うまく」ても作者のリズムが響いて来ないからである。≫
そして、当日の三者三様の優れたリズムが「負けてはならじ」と我がオーディオ・マインドに火付け作用を促したのは疑いなし。
先週のブログを火、水、木と3日連続でアップし、早々に切り上げてあとの4日間は朝から晩まで完全にオーディオに熱中したのがその証左である(笑)。
それでは、まず始めに「AXIOM80」の作業内容から記してみよう。
さる9日(土)の我が家の試聴会では「何も足さなくていい、何も引かなくていい」と最大級の評価をしてもらった「AXIOM80」だが、「もっと良い音が出るんじゃないか」という欲望にはとても抗し難いものがある。
今回は「引くことでもっといい音にしよう」というのがテーマである。「引くとは何か」について詳述してみよう。
次の画像は我が家の「AXIOM80」を収めたエンクロージャーの内部である。
ユニットの左側(下側に当たる)にあるお粗末な木の桟で囲まれた部分が「AXIOM80」をうまく鳴らす生命線ともいえる「ARU」の部分である。
「ARUって何?」に対する答えは次のとおり。「生兵法は大怪我の基」だが(笑)、素人なりに拙い解説をしてみよう。
まず「ARU」とは「ACOUSTIC RESISTANCE UNIT」の略である。
コーン紙を使ったSPユニットは前側と後ろ側に同時に音を出す。前者を正相の音といい、後者を逆相の音という。これらが音響空間で一緒になると、お互いの音を打ち消し合うので混ざらないようにする工夫が必要だが、とりわけ「逆相の音」(背圧)をいかに処理するかが「いい音」を得るうえでの重要なポイントとなる。
その解決方法の一つとして考えられたのがARUである。SPボックスの下側に一定の空間を設け、そこにビニール風の網を張って逆相の音が出ていくのを簡単に逃がさないような独自の工夫をしている。この、いわゆるタメをつくるみたいな微妙な調整を行いながら低い音を平坦に伸ばすのがARUの役目である。
これはAXIOM80ユニットの独特のツクリ(エッジレスと蝶ダンパー)と相俟って、まさに天才的な着想といえよう。
そして、それに乗じてARUの部分に目の細い金網を勝手に張り付けて自分なりに強化したのが次の画像。
その金網とは次のとおり。
この2種類の金網を張りつけたり、取り除いたりするだけで音は激変するのだから実験する側にとっては面白い事この上ない。
今回は改めて次の3通りのやり方で試聴してみた。その都度、裏蓋の8本のネジを回していちいち(裏蓋を)外したり、付けたり、大変な作業だったが実に楽しかった(笑)。
1 メーカーのオリジナルどおり金網を張り付けないケース
出てくる音が軽快そのもので屈託がない。音の重心がやや上がる傾向にある。メーカーの技術者は「AXIOM80をこの音で聴いてくれ」というわけだが、自分には何だか物足りない気がする。
2 金網を2枚重ねてARUに張り付けるケース
これまでずっとこれで聴いてきたが、音の重心が下がって、やや暗い音になる。一ひねりも二ひねりもしたいかにもイギリス人風の音。しかし、難を言えばやや重苦しいかなあ~。
3 目が細かい方の金網を1枚だけ重ねたケース
今回はこれで落ち着いた。中庸を得た音という表現になるだろう、その反面個性も薄れてくるが、ま、いっか(笑)。
それにしても「AXIOM80」を製作した「グッドマン」社は不親切だと思う。たかだか1枚10円程度の金網1枚でこれほど音が激変するのだから、世の愛用者向けに「ARUの使い方」を詳しく解説する義務があると思うがどうだろうか。
それとも「メーカーのオリジナル仕様は絶対的だ。一介の市井の徒の勝手な言い草なんか聞く必要はない」のかもねえ(笑)。
さて、次の見直し作業は我が家の不良的な存在だが、出来の悪い子ほど可愛くなる「JBL3ウェイシステム」について、いろいろ弄ってみた。
以下、続く。