「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

音楽における「プルースト効果」

2019年12月21日 | 音楽談義

作家の「マルセル・プルースト」(フランス:1871~1922)をご存知だろうか。

ジェームス・ジョイス、フランツ・カフカとともに20世紀を代表する作家であり、代表作の長編「失われた時を求めて」は後世の作家に大きな影響を及ぼした作品としてよく知られている。

数多くの名言を残したことでも有名で、そのうちの一つ「幸福というものは、 身体のためには良いものである。 しかし、精神の力を向上させるのは、 幸福ではなく悲しみである。」は、思い当たる人がいるかもしれない。

さて、図書館で偶然このプルーストにちなんだ本「プルースト効果の実験と結果」に出くわした。

   

「プルースト効果」っていったい何だろう?

本書によるとこうだ。

「特定の香りから過去の記憶が呼び覚れる現象のこと。マルセル・プルーストの代表作「失われた時を求めて」で主人公がマドレーヌ(焼き菓子)を紅茶に浸したとき、その香りがきっかけで幼年時を思い出すことからこの名が付いた」とある。

ちなみに、本書のケースでは二人のうら若き男女が受験勉強のときに特定のチョコレートを食べるクセをつけて、テストの直前にチョコレートを食べることで勉強時に詰め込んだ知識が自然に蘇ってくるかもしれない「プルースト効果」に期待するというものだった。

その実験を通じて、受験生同士の恋愛模様が絡んできて最後はあっけなく失恋に終わるという内容だったが、青春時代の甘酸っぱい思い出が巧く描かれていた。

さて、人間の知覚は周知のとおり五感として「視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚」に集約されるが、プル-スト効果は「特定の香り」だから「嗅覚」に由来していることになる。

そこで、いやしくも「音楽&オーディオ」のタイトルを標榜する以上、「プルースト効果」の「聴覚版」に言及するのは必然の成り行きではないだろうか(笑)。

つまり「音楽におけるプルースト効果」

特定の音楽を聴くと分かち難く結びついた過去の記憶(シーン)が鮮やかに蘇ってくるという経験はおそらくどなたにでもあることだろう。

我が身に照らし合わせてみると、50年近くクラシックを聴きこんできた中で、それこそいろんな曲目の思い出があるが、さしあたり3曲ほど挙げてみよう。

✰ ジネット・ヌヴー演奏の「ヴァイオリン協奏曲」(ブラームス)

たしか10年ぐらい前のこと、とあるクラシック愛好家と親しくさせてもらったことがあり、その方のお好きな女流ヴァイオリニストのジネット・ヌヴーについて話を伺ったことがある。

クラシック全般に亘ってとても詳しい方だったが、それによると、「レコード音楽の生き字引」や「盤鬼」(五味康祐氏著「西方の音」19頁)として紹介されている西条卓夫氏が当時(昭和40年前後)の「芸術新潮」で、いろんな奏者がブラームスのバイオリン協奏曲の新譜を出すたびにレコード評の最後に一言「ヌヴーにトドメをさす」との表現で、どんな奏者でも結局ヌヴーを超えることは出来なかったという。

自分にとっても、これほどの名演奏は後にも先にもないと思っているし、教えていただいた方にも感謝しているが、残念なことにその方とは今となってはすっかり疎遠になっている。

なぜかといえば、我が家の当時のJBLの音を聴かれて「こんな音は大嫌いだ」みたいな捨て台詞を残して憤然と席を立ち、それっきりプツンとなってしまった。

「音が憎けりゃ人まで憎し」なのかな(笑)。

ヌヴーの演奏を聴くたびに、そのことがつい思い浮かぶ。

✰ オペラ「魔笛」

あれは丁度35歳のときだった。働き盛りのことで、前途にまだ夢を膨らませていたときに、否応なく地方への転勤を命じられてしまった。

クルマで片道1時間半ほどの距離を2年間ひたすら通ったが、音楽好きの親切な先輩がカセットテープに録音してくれて「通勤時に聴きなさい」と渡してくれたのがコリン・デーヴィス指揮の「魔笛」だった。

当初のうちは何の変哲もない音楽で、それほど好きでもなかったが、とはいえ嫌いでもなかった。

そして、さすがに往復3時間の道程で来る日も来る日も続けて聴いていると耳に馴染んできて、とうとう様々の「妙(たえ)なるメロディ」が耳に焼き付いて離れなくなった。

それからは、もう「魔笛」一筋である。今でもこの曲を聴くたびにあのつらい2年間のクルマ通勤を思い出すが、結果としては音楽体験として生涯で一番実り多いものを手にしたことになる。

結局、魔笛の「プルースト効果」といえば「人間万事、塞翁が馬」という言葉ですかね(笑)。

✰ モーツァルト「ファゴット協奏曲第2楽章」

37年間もの宮仕え生活を送るとなると、それはもういろんな上司に当たることになる。

振り返ってみると、ウマの合わない上司と当たる確率は半々ぐらいですかね~。

まあ、宮仕えとはそういうもんでしょう(笑)。

あれは宮仕えも後半に差し掛かった頃のことだった。それはもうソリの合わない上司に当たって、何かと冷たい仕打ちを受けた。

それほどタフな精神の持ち主ではないので、とうとう「心の風邪」を引いてしまい、挙句の果てには不眠に悩まされることになった。

そういうときに購入したCDが「眠りを誘う音楽」だった。ブルーレイ・レコーダーのHDDに取り込んで今でもときどき聴いている。

   

当時、第10トラックの「ファゴット協奏曲第2楽章」(モーツァルト)を聴き、沈んだ心に深く染み入ってきて「世の中にこれほど美しい曲があるのか!」と思わず涙したものだった。

この曲を聴くたびについ当時の「心の風邪」を連想してしまう。

以上、3曲の「プルースト効果」についてだが、いずれもあまり面白くない過去の記憶がつい呼び覚まれてしまうのが不思議。

冒頭に紹介したプルーストの言ではないが幸福感よりも哀惜感の方が深く記憶に刻み込まれるのはどうしてかな。

もしかして自分は基本的に「ネクラ」なのかもしれない(笑)。

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