東十条探偵団2

明日は何を撮りに行こうかな?

国土安穏寺のモミジ

2018-12-07 | 風景
  自転車で駅から10分ちょっとかな、
  旧日光街道をちょっと入ったところに国土安穏寺がある。
  徳川将軍家につながる名刹でいろいろなものが残っているらしい、
  モミジを見たあとはひと回りしてみよう。


  

     国土安穏寺のモミジ、これも遅くなってしまった。
     ここもめったに行かないからつい頭の中から外れてしまう。




  

     自慢じゃないけどこの木一本しかない、
     これをどう料理しようか。




  

     いろいろとお日さまと相談しながら、
     「こう撮ったらきれいに見えるんじゃない?」などとね・・・。




  

     お日さまが味方になってくれると
     赤茶けていたモミジがこんなに生き返ってくる。




  

     境内を見てみよう、
     本堂は先年改装したばかりでまだピッカピカ。




  

     ここにも数本の十月桜がある、ただ花の付きはちょっと淋しい。




  

     上の写真の右下にあるモミジ、
     これは「手向山」という種類だね。




  

     これはもう一本の十月桜、
     花はたくさん咲いているが木が大きい、もうちょっと背が低いといいけどね。




  

     仁王門の扉には燦然と輝く三つ葉葵の御紋、そして家光公お手植えの松と
     将軍家に関するものも、ほかにもいろいろな品物もあるみたい。




  

     応永17年(1410年)日通が開山、千葉満胤が開基となり創建、長久山妙覚寺と称した。
     その後徳川将軍秀忠・家光の頃、狩猟・鷹狩りなどの時の食事や休憩をする御膳所となる、
     寛永元年(1624年)徳川家祈願所位牌安置所となり現寺号を賜り葵紋の使用も許された。


     将軍家光が日光参詣の途中、国土安穏寺に立ち寄った。
     日芸上人より、不吉な予感がするので道中気をつけるよう、
     特に宇都宮では警備を厳重にするようにと忠告された。
     そこで帰路一泊する予定だった宇都宮城に立ち寄るのをやめ、
     さらに公儀目付を送り込んで城内をくまなく調査させると、
     寝所に釣天井が仕掛けられているのが発覚。
     予言によって危難を救われた家光は、寺号を与えたということです。

     宇都宮の釣天井は有名な話だけど今の人は知らないかな、
     かつて時代劇が全盛だったころにはよく映画などになった。
     でもこの話はフィクションだというのが本当らしい。

          data: 撮影  12月1日 国土安穏寺
          

コメント (2)
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