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「大人」がいない・・・

 清水義範の『「大人」がいない』(ちくま新書)を読んだ。清水は小説家であり、私は『国語入試問題必勝法』という彼の小説を読んだことはあるが、「必勝法」というほどのものではなかったと記憶している。しかし、小説家が書く新書は、古くは大江健三郎の『広島ノート』『沖縄ノート』(ともに岩波新書)という名著があるように、研究者・専門家が書く新書よりも興味深い読み物が多いので、この本も書店で見つけるとすぐに読もうと決めた。
 確かに読み易かった。研究者というものは論理を1つ1つ丁寧に積み重ねていって結論に達する手法をとるため、読んでいてまだるっこしくなるし、データをやたら見せられてもどう読み取ればいいのか分からないことが多く、途中で投げ出してしまうか、飛ばし読みになってしまう。その点小説家は自由な視点から物が言える気軽さから、少々詰めが甘く見える方法で論を進めていってくれるので、小気味いい。グダグダと1つのことだけに拘泥し、にっちもさっちも行かなくなるようなこともないので、気楽に読んでいける。しかもやはり文章がこなれているため、読者を自らの掌中に捕らえる力強さも持ち合わせている。この書もその例に漏れず、200ページほどを一気に読み終えることができた。
 清水は、現代の日本に「大人」がいないと嘆く。彼の言う「大人」とは肉体的な定義ではなく、精神的に定義したものである。したがってその対義語は「子供」ではなく、「大人でない」となる。そこで、彼の考える「大人」のいい面・悪い面、「大人でない」のいい面・悪い面を以下に書き出してみる。
  
  「大人」のいい面                     「大人」の悪い面
 ・豊かな経験をもとに正しい判断ができる      ・個人の自由を認めない
 ・自己のコントロールができる             ・つきつめず、折り合いをつけてしまう
 ・対人関係が構築できる                ・他人のことに口をはさむ
 ・子を教育する
  「大人でない」のいい面                 「大人でない」の悪い面
 ・自由にものが考えられる               ・自分本位になりがちである
 ・新しいこと、未知のことに挑戦する意欲がある   ・視野が狭い
 ・学んだだけ向上する                  ・生活力がない

これはそのまま清水が考える「大人」の定義だと言えるだろう。そして今の日本は「大人」のよい面が薄れてきて、「大人でない」悪い面が目立つようになっているのではないか、という問題提起をする。それを解説するために彼は小説家独特のアプローチを見せる。架空の対談によって論を進めたり、自らの小説の一部を引用したりと読む者の興味を逸らさせない工夫が随所に見られる。
 それなら、何故今の日本に「大人」が少なくなってしまったのだろう。これに清水は、日本が経済的に豊かになったことがこうした現象を生み出すもとになったと考える。そして今の日本では、『未成熟なままで生きていけるんだからそっちを選んでしまう』(P.81)ため、『「大人」として社会の中に自己を確立している人間がほとんどいなくなってしまった』(P.171)と憂う。そうした、「大人でない」人で溢れた今の日本の状況を
 『成熟した大人になれない国民が子供のような価値観で社会生活を営んでいるが故に、とても短絡的な、思慮の足りない社会現象を生んでしまっているのではないか』(P.114)
と分析する。そしてこの状況を乗り越えるために、今こそ
 『「大人」の思考力と、知恵と、巧みさが必要なってくるのだ』(P.201)
『「誰が悪いかではなく、今どうするべきかを考えるのが大人というものであろう。今後のために、どういう手を打つべきなのか、そもそもそこまでの経緯を吟味してみるべきではないか』(P.147)
と我々のなすべき指針を示してくれている。
 私はこの本を読了して、自分が『大人として社会の中に自己を確立している』(P.171)かどうか考えてみた。う~ん、とても自信がない。毎日子供たちを相手に偉そうにしている私が「大人」でなくてどうする。
 恥ずかしい話ではあるが、己を反省するにはなかなかの書であったことは確かである。もっとちゃんとした「大人」になろう。
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