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「おれちん」

 朝日新書「おれちん」を読んだ。筆者小倉紀蔵のプロフィールを見ると、1959年生まれとある。私と同世代だ。最近新書の筆者には、同世代の人物が多い。「下流社会」の三浦展が1959年生まれ、「羞恥心はどこへ消えた?」の菅原健介も1958年、「ウエブ進化論」の梅田望夫は1960年生まれだ。思うに長年研究や観察してきたことがそろそろ一つの形を取り出してきた人たちが多くなってきたということなのかもしれない。私には、そんなものが何もないだけに少しばかりうらやましくはある。
 しかし、同世代の者が今の日本をどう見ているのかを知るのは興味深いものだ。以下にこの書の要点を簡単にまとめてみようと思う。

 「おれさま」と「ぼくちん」という存在が昔からあった。「ドラえもん」のジャイアンが「おれさま」、のび太が「ぼくちん」の象徴的存在である。彼らはともに共同体に帰属し、そこから逸脱しようとはしていない。彼らの仲間(共同体)の間で生じる様々な出来事の中で日々暮らしていた。しかし、ここ数年の間に、純粋な「おれさま」と「ぼくちん」の間でボーダーレス化が進み、「おれさま」の「おれ」と「ぼくちん」の「ちん」が融合し、「おれちん」という存在が出現した。この書の副題ともなっているように、この存在が「現代的唯我独尊のかたち」なのである。
 ならば、「おれちん」とはどんな性格を持った存在なのか。「共同体を知らず、ひたすら自分だけの世界に閉じこもっている。そして自分が一番偉いと思い込んでいる」存在、それが「おれちん」である。「自己中心的で威張っており、しかも自閉的な人間」と言い換えてもいいだろう。具体的な人物名を挙げれば、小泉純一郎、堀江貴文、中田英寿、この3人が代表的な存在である。なるほど、と思えなくもない。いずれも、上の定義に当てはまるように思える。近年の日本の政治、経済、スポーツの分野で象徴的な存在であるだけに、彼らを「おれちん」と見做すことは、現代日本に蔓延する風潮を端的に看破することができるような気がする。小泉は自民党という共同体を壊そうとした。堀えもんは自己中心的で尊大だ。中田は自閉的である・・・などと部分で考えたら納得いくのは勿論だが、トータルで見ても、この3人が「おれちん」の定義を満たしているというのはなかなか説得力がある。
 しかし、この「おれちん」が歴史的にどうやって生まれてきたかを説明する件は少々小難しい。共同体を絶対とする「プレモダン」、理性主義・本質主義により国民意識を持った「モダン」、共同体が崩壊し個が浮遊している「ポストモダン」。噛み砕いて言えば、共同体を絶対視しそこへの帰属を第一義とした昭和前期(プレモダン)、国民としての存在が認められた昭和中期(モダン)を経て、昭和後期から平成(ポストモダン)になると共同体という意識が崩壊し、「今ここ」か「いつかどこか」にしか関心がない「さびしい人たち」が生まれてきたことが、「おれちん」を生み出す土壌となった。「おれちん」という名を冠せられる者たちは、ネット社会の普及とあいまって、外部世界を自己の関心・嗜好・必要などにしたがって検索される対象領域としてのみ認識している。自分に興味のないものは存在しないに等しい。彼らは、「全能感--自分は何でもできる、何にでもなれる、すべてを支配できる」から、「分能感--自分は社会の中の一部に過ぎない」に意識を転換できなくなっている。
 こうした「おれちん」にとっての敵にはどんなものがいるか。「分能感」を持てと言う教養を背景とする「わたし」勢力。主体性を持てと言う者たち。共同するものたち。早実の斉藤投手のような折り目正しい者たち。仁愛者たち。恒産者たち。「モダン」な思想を体現している韓流。SNS(ミクシー)・・これらを見れば「おれちん」がどんな存在なのかが焙り出されてくるように思える。
 しかし、小泉・堀江・中田という代表的存在が表舞台から去ってしまった現在、「おれちん」たちを脅かす勢力が力を増しているという。それは、共同体への回帰を促す勢力である。ポストモダンからプレモダンへと一気に回帰しようとする勢力--「美しい国」へとこの国を導こうとする勢力である。その視点から見れば、改定された教育基本法は別名「おれちん」撲滅法なのだ・・・。

 なんだろう、いったい何が言いたいんだろう。「おれちん」の登場は歴史的必然なのかもしれないが、「おれちん」はこのまま存在してもいいのかどうなのか?私の読解力が足りないせいなのかもしれないが、イマイチ判然としない。まあ、何にでも金目のものの前ではいつくばる「てまえども」や、国家のために潔く死ぬ「貴様と俺」よりも「おれちん」のほうがましだとは思うけども。
 
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