☆ 教員の働き方改革、中教審は「時間外勤務は月45時間まで」との答申を出すようだ。
☆ マクロな教育の質の維持を考えたとき、「教員の多忙」問題に行政が関心を持ってもらうのは結構なことだが、あまりの非現実性と机上の数字を見て笑ってしまう。
☆ 民間企業なら、それはそれで会社が傾こうがそれは経営者がバカだからで済むのだが、学校が機能不全を起こし、結局そのしわ寄せが最終的には児童・生徒たち来るということを考えれば、傍観するのはあまりに無慈悲だ。
☆ 勤務時間を減らすなら、仕事を減らさないと無理だ。教員の仕事はある意味無際限だ。拘束時間は一応あるにしても、教材研究はやり出せばキリがないし、ヒドゥンカリキュラムとしての教員自身の職能成長、自己研修を考えれば、勤務時間などほんの一部だ。
☆ 教員の役割とは何か、学校とは何かまで掘り下げて考えるなら、多忙化論争も悪くはないが、数字だけ論じても空しい。結局、タイムカードを押してからのサービス残業になるのが目に見えている。せいぜいが努力目標だ。
☆ どの業態でもそうだが、仕事は「できる人」に集中する。
☆ いっそ、教員をフリーエージェント、個人事業主化し、市場(競争)原理と個別交渉に委ねた方がマシではないか。
☆ マクロな教育の質の維持を考えたとき、「教員の多忙」問題に行政が関心を持ってもらうのは結構なことだが、あまりの非現実性と机上の数字を見て笑ってしまう。
☆ 民間企業なら、それはそれで会社が傾こうがそれは経営者がバカだからで済むのだが、学校が機能不全を起こし、結局そのしわ寄せが最終的には児童・生徒たち来るということを考えれば、傍観するのはあまりに無慈悲だ。
☆ 勤務時間を減らすなら、仕事を減らさないと無理だ。教員の仕事はある意味無際限だ。拘束時間は一応あるにしても、教材研究はやり出せばキリがないし、ヒドゥンカリキュラムとしての教員自身の職能成長、自己研修を考えれば、勤務時間などほんの一部だ。
☆ 教員の役割とは何か、学校とは何かまで掘り下げて考えるなら、多忙化論争も悪くはないが、数字だけ論じても空しい。結局、タイムカードを押してからのサービス残業になるのが目に見えている。せいぜいが努力目標だ。
☆ どの業態でもそうだが、仕事は「できる人」に集中する。
☆ いっそ、教員をフリーエージェント、個人事業主化し、市場(競争)原理と個別交渉に委ねた方がマシではないか。