母のない私を育ててくれた大正生まれの祖母は自他共に厳しく当時22歳の女房も「孫の嫁であろうと嫁は嫁」と洗礼を。罵詈雑言を浴びせられながら晩年半身不随となった祖母の下の世話から全てを妻が。今際の際に手を取り「この家に来てくれて本当に有難う」と。「その言葉だけで十分よ」と妻が祖母に。
先日商工会議所主催講演での質疑応答で「親孝行をしたいのだが何をすれば親が喜んでくれるのかと。品物、旅行と色々考えるんだがこれといって答えが出ない」と。「親が何より望んでおるのは子供が幸せな人生を歩んでいる姿。何はともあれ心配をかけない事。それ以外は何も望んでないと思いますよ」と。
初参拝老女が相談に。「知り合いの紹介で僧侶が来られ、家の中に仏像を祀っているから先祖が中に入れんと玄関先で怒っとる。祟りがあるからどけろ」と。「ほう、それは大変。で、外へ出たらその玄関先の怒れる先祖と遭遇するけど、何かされたね」「いいえ、何も」「んっ、ならこの話は終わりだね」と。