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菅首相に関する、このような記事がもっと出て当然。

2021年08月21日 22時00分28秒 | 政治

前記事のつづきにもなりますが、
かねてからいろいろなところで言われているように、菅首相の国民に対する姿勢は総理大臣としてありえない姿勢だと思います。

上記の共同通信の記事にもありますが、
「再質問を認めないなどの会見のルールも、十分な質問をする妨げになっている。」というのも、その通りで、そもそも再質問を認めないことがありえません。

僕も某新聞社で写真記者(カメラマン)をやっていたことがあり、政治家、タレント、スポーツ選手、落語家、芸人、一般団体、企業等、いろいろな記者会見の取材経験がありますが、ここ数年、官邸や総理大臣の記者会見で伝え聞かれる記者会見のルールそのものが聞いたことのないルールです。
そんなルールがあるのであれば、やらないほうが双方のためです。

そもそも記者会見とは、個人や団体がある発表や説明をするために一つの場所で複数の報道各社の記者を集めてやるものであり、ある事柄に対しての一定の理解をしてもらうことが目的になります。
なので、一般の企業や個人の場合、場合のよっては広告の要素が入ることがあるので、事前にネガティブな質問を避けるお願いや申し合わせがあることがあるにはあります。

しかし、これが政治家や役所、公的機関などになってくるとそういうわけにはいきません。国民の負託によって活動や運営をしているわけですから、国民の信頼を得るためにも国民に対する説明は必要になってくるわけで、記者会見で一定の理解をしてもらわなければなりません。ましてや政府の、しかも総理大臣という立場の人であれば、完全にそういうわけにはいきません。
なのに、このようなルールが存在しているわけです。

それでも、報道機関の後ろにいるのは国民ですから、それでもそれでも会見場に記者は赴きます。

それでもそれでも、それでもなお、菅首相は、はぐらかすのです。


前記事でも少し触れましたが、
最近のマスコミはそれでも手ぬるさを感じます。
いわゆるマスコミの人間の劣化を感じる、というものです。

また同時に菅首相をはじめ、ほかの政治家も与野党問わず劣化を感じます。
特に、官房長官時代からの菅首相の記者会見での、ハナから国民に寄り添う意欲のない姿勢は、政治家の劣化そのものを象徴していますし、それでもやらないよりはやったほうがいいですが、そのような記者会見を行うたびに、菅首相は国民からの信頼を亡くし裏切っていることを自覚するべきだと思います。

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「感染急拡大の原因はデルタ株と首相」

2021年08月21日 11時33分38秒 | 政治

正解!
ここまでの感染拡大の原因は、デルタ株と菅首相のこれまでの対応のマズさです。


っという記事ではないのですが、
多くの国民がそう思っているので、そのように受け取れる記事のタイトルです。
このあたり、共同通信さんは国民の気持ちを汲んでいるのかもしれないですね。実際はわかりませんが。


さて、少し反応が遅れましたが、
17日夜に行われた菅首相の記者会見。
相変わらずです。

仕事がコロナ休業だったこともあって会見を家で見ていたのですが、「この人、大丈夫?」と思ってしまうこと度々。
「医療体制・感染防止・ワクチン」の3本柱で対応する、と言いますが、今さらと思うところが多分にあり、いまいち説得力がない。

また同時にマスコミの菅首相への質問も手ぬるく、
この会見で平然と自民党の総裁選挙の質問が出るわりに、パラリンピックを中止しないのか?というような質問は僕が見た限りではありませんでした。
その他のそれなりにこれまでの感染拡大の総理大臣としての責任や原稿棒読みの件についての質問も出ましたが、いつものノラリクラリ。

「カミカミ・ノラリクラリ・イマサラ」の3本柱で、説得力もなく、国民に伝わるものもなく、そこにマスコミの手ぬるさも加わって、会見の意味がほとんどないものなっています。
菅首相には、サンドウィッチマン・富澤さんの「ちょっと何言ってるかわかんない」の一言をお見舞いしたいです。


菅首相は7月初旬に、ワクチンに「全て懸ける」と言っていて、その後ワクチンの供給量は不足。オリンピックは開催され感染は拡大。
そのような状況になってから、今度は「医療体制・感染防止・ワクチン」の3本柱と今さら言い始める。
そもそも、そのために、予算を組み、法律を変えたり作ったりするのが、政治の仕事です。
今までしていなかったのでしょうか。
そうだったとは言いませんが十分ではなかったとは言えるでしょう。
それをこんな状況になってから言うのです。
それに、言うからには実行できるのでしょうか?

繰り返される、後手後手・今さら感に、もう信用ができなくなっています。

こんなこと、少なくとも7月初旬のワクチンに「全て懸ける」と言っていた時に、ワクチンだけに「全て懸ける」場合ではなかったはずですから、このようなことを言うべき、するべきだったのでは?いや、もっと早い時期にするべきだったのではないでしょうか?

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