かねうりきちじの横浜・喫茶店めぐり

珈琲歴四十年の中の人が、珈琲豆荷揚げ量日本一を誇る横浜港のある町の喫茶店でタンザニア産コーヒーを飲み歩きます

真壁郡にあるのに新治郡衙?

2013年12月24日 | 旧ブログ記事(文化財関係)
史跡 新治郡衙跡は、旧真壁郡協和町(現在は筑西市)にあります。

郡衙=郡の役所なら、新治郡衙がなぜ真壁郡に?と思われる方もいらっしゃるかも。

しかも、ちょっと前まであった旧霞ヶ浦町・旧千代田町(合併して現在ではかすみがうら市)は新治郡でした。

画面右の峰が二つある山が筑波山。

その最近までの新治郡は、遺跡から見える筑波山の向こう側。

どうしてそうなったのかというと、新治郡が所属する常陸国では、郡が分割されたり、荘園が多く割かれたりしたため、消滅する郡もありました。

小栗御厨がある新治郡もそのひとつ。

ただ、安土桃山時代の1594年、常陸国で太閤検地が行われた際、古代の郡名が復興され、霞ヶ浦の北側の地域が新治郡とされたのです。

でも、どうせ復活させるなら、同じような地域に当てはめればよかったのに。

それはまぁそうとして、最近、「にいはり」の名をきちんとした形で、復活させられることが可能だったんですけどねぇ。

それは、旧協和町が周りの下館市・明野町・関城町と合併した時。

新市の名を「にいはり市」にすればよかったのにと思うのは、筑西市になってからそこに住んだことのない者の勝手な言い分でしょうか?

でも、『にいはり』の名前は、お隣の『つくば』と並んで、古くから見られる由緒ある地名なんですけどねぇ。