自分が抱くイメージ何て実に千変万化。
くるくる変わるものです。
ですから決して焦ってはいけない。
この事が身に染みたマイホーム建築の体験でした。
数年間、住宅展示場を頻繁に見学。
買い求めた住宅雑誌は50冊を超えたと思います。
最初は住宅展示場の営業マンの話に軽く乗ってしまい、仮契約までいったことが二度ほどありました。
その時は、人任せで、余り自主性はなかったようにも、
最初に出会い、お話をどんどん進めた住友不動産のモデルハウスは、一目惚れだったのですけれどね。
我が家の柱や床の色は、それを真似、特注だったシステムキッチンも、同様の物を我が家にも取り付けてもらいましたが。
けれど、どうしても先に進めない壁が私にはありました。
その為、二度も仮契約を解約した私です。
二社とも、その一時金は確か戻りませんでした。
愚かとしか言いようのない行為でしたが、大きな買い物ゆえ、試行錯誤。
まだ若くて経験が浅かった私の未熟さが、その失敗の原因だったのでしょう。
しかし、結果的には、それは決して無駄な過程ではなかった、と思えるようになりました。
そのまま進めば、今とはまるで違う家が建っていたからです。
そんな苦労を重ねている時、M施工会社の営業マンが、百ページにわたる方眼用紙を私に手渡してくださったのです。
それを契機に、私の人頼みの心が一気に変わりました。
その後、娘の受験が終わるまで二年間にわたり、私は自力でマイホームの図面を描き続けたのです。
一時は、ノイローゼになりそうなほどのめり込んででしまい・・・。
これではいけないと・・・。
Mちゃんの中学入試の準備に協力をするために、住宅雑誌も方眼用紙も、手の届かない押し入れの奥に投げ入れたりしたこともあります。
私が日中過ごせる家事室のような多目的な部屋を作ったのは大正解でしたが、この和室もそうです。
将来、両親を介護する時のために、炊事する場所から和室が見えるようにしました。
これも正解で、孫の遊び場としても、大変重宝しました。
そんな苦労を重ね、自分で隅から隅まで描き挙げた我が家の見取り図を、自分で完成させました。。
それを、渋谷のモデルハウスを設計し、その住宅会社では一番人気が高かった設計士のYさんに見せたところ、
「申し分ありません。この図面通りに建てましょう」
と言われ、その様に建築されたのが今の我が家です。
後でYさんには、
「私が考えたのは屋根のかけ方と窓の大きさだけです」
と言われましたが。
それは、本当の事なんです
実は、私はYさんに一目惚れだったのですけれどね。
服装のセンスも良くて、実に格好いい優しい方でした。
営業マンのIさんも、いい方で、とてもお世話になりました。
キッチンや浴室のタイル、暖炉、その他あらゆる備品を揃える時、車でお店を紹介、案内して下さったものです。
設計士のYさんとは、未だに年賀状のやり取りをしています。
お風呂好きなので、タイルの選択にも一苦労しました。
野の花のイメージのこの柄が、今でも大好きです。
キッチンのこのタイルの柄も好きです。
二度仮契約した家は、まるで別物でしたので。
軽率に建てていたら、今の私の日々の暮らしは全く違ったものになっていたと思います。
私はこの経験を思い出す度に、自力で辿れた過程にはどうしても思えなくて。
大きな導きを思い、感謝しかありません。
マイホーム建築は一世一代の大仕事です。
業者任せで建てては余りにもったいない事。
自分の気持ちもどんどん変わりますから、熟慮に熟慮を重ね、数年くらいはかけてほしいです。
この珠玉の知恵を授けてくれた、私のマイホームの建築体験でした。
次女の話によるとマンションのリフォームをするそうです。
大掛かりなものではありませんが。
ママは、壁による閉塞感が多少気になるのだけれど・・・。
後で後悔しないように、よくよく考えて実行してね。
今日の記事は、これをMちゃんに伝えたくて書いたのかもしれません。
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