シンプルにいえば、昭和史(前半)の太平洋戦争を第一次世界大戦終結
(1919)からの歴史の流れとして見るのか、もっと長期的にペリー来航
(1853)あたりから見るのかによって、太平洋戦争(当時の言葉でいえ
ば「大東亜戦争」)の「意義」が多少違ってくるということかしらん。
本書は、林房雄によって書かれた後者の見方の代表である。
昭和38(1963)年から40(1965)年にかけて『中央公論』にかけて
16回にわたり連載され、39、40年に番町書房から刊行。
平成18(2006)年「普及版」が夏目書房より刊行。
平成26(2014)年11月25日、初めて中公文庫化された。
長年、読みたいと思っていた本が文庫化されることは利便性の観点から
うれしいことである。
林房雄は明治36(1903)年生まれ。熊本の五高から東京帝大法科に進
学している(中退)。
林の生きた時代は、
20歳頃・・・・・・ワシントン会議、関東大震災
30歳頃・・・・・・満州事変、国際連盟脱退
40歳頃・・・・・・太平洋戦争
50歳頃・・・・・・サンフランシスコ講和条約
60歳頃・・・・・・本書を執筆
である。
<目次>
1. 東亜百年戦争
2. 薩英戦争と馬関戦争
3. 明治維新と英仏謀略戦
4. 征韓論
5. 武装せる天皇制
6. 日清戦争と三国干渉
7. 日露戦争の推進者
8. 右翼とファッシズム
9. ホーマー・リー氏の日米必戦論
10. 朝鮮併合
11. 条約改正
12. 昭和動乱の思想的背景
13. 満州事変の序曲
14. 内政派と外政派
15. 日中戦争への発展
16. 昭和維新
17. 大東亜戦争開戦
18. ナショナリズムには牙がある
19. 日本・アジア・世界
○本書の主張(結論)は、大東亜戦争は、江戸時代弘化年間(1845年頃)
から始まる100年戦争の終曲(終局?)であった。現在(昭和40年当時)
の日本には休養をすすめる、というものである。
○本書は、明治維新前から太平洋戦争終戦までの歴史というよりは、そ
の間の事件に関する一考察という論考を積み重ねたものとなっている。
○本書には他の書物等からの引用が豊富である。(「昭和30年代半ばま
での左翼・右翼、そして中立系の作家、評論家の論も手際よく紹介して
いるので、その時代の様相がはっきりとわかってくる」[保阪正康氏])。
これはおもしろい。
○本書を読むには、日本の近現代史に関する、ある程度の知識があった
方がいいかもしれない。本書をもとに『林房雄「大東亜戦争肯定論」を
読む』とか『コンメンタール「大東亜戦争肯定論」』を出版するとおも
しろいだろう。佐藤優氏の出番かしらん。
○保阪正康氏の言葉を借りれば、「林氏の筆調の背景には、むろん林氏
の年代からくる近代日本の価値体系の随伴者という同時代者の発想
がいたるところにある」。
○本書には、林房雄およびその同時代者の一部(?)の「感情」が作家ら
しい、巧みな文章と論理で表現されていると言えるのかもしれない。
○本書には、例えば「幣原外交とは、一言で言えば、ワシントン体制への
適応であり、アメリカの対アジア政策への屈服であった」とある。
吉田茂(元首相)が言うように、「満州事変から太平洋戦争に至る日本
の対英米関係の狂いは、歴史の大きな流れから見れば、日本の本来の姿
ではなくて、ただ一時の変調であった」(吉田茂『回想十年』)とし、
明治維新以来、日本の底流は断然親英米(英米友好)だった。
実際、戦前(太平洋戦争前)の大衆文化はアメリカ的だった--そういう
見方はなぜかしらん採られていない。
当然のことながら、昭和40年以降の新しい史実(資料、証言など)は織り
込まれていない。
また、戦前の強硬世論をリードした、朝日新聞などの責任は採り上げて
いない。
本書が書かれたのは、戦後18~20年たってのことだったが、文庫化さ
れるには戦後70(69)年(書かれて50年)という時間が必要だったのか
しらん。
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<余談だが>
私の小学、中学時代、H先生(--小中一貫校だったので)で教わった
近現代史は、年号中心--つまりは「大正10(1921)年にワシントン
軍縮会議があった」などという「事実」中心の授業だった。
高校2年の日本史の最初の授業で、Sという当時50歳(?)、大正生まれ
の、ベテランの先生は、開口一番、黒板に「史観」と書いたが、その意味
は説明しなかった。
高校では、古代史は教科書の「注」まで詳しく説明する授業だったが、結
局明治維新ごろまででおしまい。後は教科書を読んでおきなさいという程
度。
H予備校では、近現代史を詳しくやってもらい、おもしろかった。高校では
山川の教科書だったが、予備校のH先生(--日本史はHとSという二人
の先生がおられた。)の授業では三省堂の教科書を使用して、教科書の
行間を読む授業だった。「(歴史)教科書の行間を読む」という意味では大
変勉強になった。
「真面目な」H先生は、特別講義で「沖縄の歴史」などを取り上げたりする、
やや日教組的というか、一方でソ連寄りの先生だった。
例えば、昭和16(1941)年の関東軍特殊演習を詳しく説明したり、昭和
20(1945)年8月8日のソ連参戦に対しては、「まだ有効期限内にあった
日ソ中立条約を無視して」ということは、林健太郎さんは教科書に書くべ
きだと言っているんだが、書く必要はない、と主張されていた。
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小林秀雄は、歴史は過去を勉強することではない、過去をうまく蘇らせる
ことだという趣旨のことを言っている。
本書は、明治~昭和の過去の断片とも言えるかもしれない。本書を読ん
で、明治維新のことをあらためて勉強したいと考えた。どうも明治維新前
後は大変複雑で、分かりにくい。
なお、「大東亜戦争」という呼称については、
「日本における戦争呼称に関する問題の一考察」(庄司潤一郎)
が大変参考になる。→こちら。
結論的には、本書は、(いささか多面的ではないという意味で)若い人が
最初に読む本ではないカナ?
* * * * *
今年の天皇陛下のご感想(新年に当たり)を拝読してまことにハッとした。
「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、・・・・・・」
とあったからである。(ゴシック体は筆者)
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この本(大東亜戦争肯定論)に日本の知識人は皆「狂った右翼が出した本だ」などと驚いていたものです。ところが今読むと、至って当たり前の内容です。林房雄はこの本を書いたためにその後、出版会から追放のような扱いをされました。122P
本の題名を「大東亜戦争の大義」とすべきだったと思います。
「あれは右翼だ」とか「反動だ」というように、すぐに○とか×を付けるのはよろしくないですね~。「自分の頭で考える」のが面倒だから、それでおしまいとしてしまうのでしょうか。
林氏は、言論による戦いに臨んでいたのでしょう。