誠に「最悪な人間」よる「最悪の事態」が起きてしまった。
結局は「法の網」を抜け出せるように「明らかな殺意」の元、犯行に至った。
犯人は施設に勤めていた時から「障害者は生きる価値が無い」などと言っていたようだ。
この言葉を受けて、「俺も生きる価値が無いのか・・・」と思いますわね。
殺傷されたのは、自分で思うように体が動かせない方々です。
だから、生きる価値が無いのでしょうかね?
私の田舎の町のも(今は市町村合併で「市」ですが)
「知的障害・発達障害」の施設が今でもありますが、
当時からやはり「触れてはいけないもの」として、
「精神的な隔離」で、外部との接触は無かったように思います。
私も「違い障害」ですが、「障害を持ったものにしかわからぬ辛さ・苦しさ」が
ありますし、家族や親せきからも距離を置かれる「悲しさ」も私も味わいました。
「相模原障害者施設殺傷事件」では犯人の入院していた
病院の退院基準の「甘さ」も言われています。
そして、「退院後のフォロー」の問題もあります。
問題を持っていて、退院した患者には病院や訪問施設が
自宅を訪れることが必要です。
そこで、「在宅のチェック」や「服薬のチェック」、「カウンセリング」などは、
今や「常識」だと思います。
ここまで「重症患者」の場合では、「即退院」ではなく、
「退院訓練」を行います。まずは家に帰って数時間だけ滞在して帰院して、
その後は、「一泊外出」から徐々に長くして行って、
ようやく退院というやり方もあります。
今仕事では、様々な支援をやらせてもらってますが、
なにせ、「半病人・半職員」ですから、仕事量の限界があります。
ざんねんながら・・・。
「障害者の人権」と「退院させることの危険性」難しい問題です。