かぜねこ花鳥風月館

出会いの花鳥風月を心の中にとじこめる日記

百均マクロ活躍の可能性

2022-06-05 18:44:43 | 日記

植物学者の多田多恵子先生や、ニッポン百名山などで紹介された百均でも販売しているスマホカメラレンズにクリップして取付けられるマクロレンズ(ルーペ)をきのうダイソーから110円で買ってきたので、近くの観音堂に試し撮りに行ってきた。

たしかに、対象物に1センチ以内に近づけてもピントが合うルーペとなりうるレンズだが、なにしろ望遠と同じように拡大するのだから、ピントが合っても手が震えてなかなか思うような写真を撮れないことが分かった。

三脚が必要だ。調べたらダイソーには220円でスマホに固定するミニ三脚を売っているらしいし、付属のスマホホルダーはほかの三脚のネジ穴にハマる規格だそうなので、三脚付きのストックに取りつければ、背の高い位置にある対象物にもアクセスできるかもしれない。さっそく購入してこよう。

山の生き物たちのあらたな美しい宇宙を発見できるかもしれない。楽しみがまた増えた。

 

       

        ツツジの仲間のおしべにピントがあう

       

         名前不明だが花の奥まで見渡せる

 

       

         誰かが食べた葉っぱの丸い穴が面白い

              

    

     カゲロウの仲間が、葉っぱの後ろで休んでいた 今夜だけの命なのだろか 幸あれ!

 

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55年目の「The End of the World」

2022-06-04 20:04:16 | 日記

今朝のNHKR1「石丸謙二郎の山カフェ・9時台」で、アメリカの60年代のオールディーズ「この世の果てまで・The End of the World」が流れた。ニキータ・ディヴィスという女性歌手が歌ってヒットした後、さまざまな歌手によって歌われているが、やはり今日聴いたニキータの唄が思い出として残っている。

離島の中学生だった当時だから、もう55年くらい前のころ。英語の授業に、見慣れない若者がやってきた。おそらく、教育実習のためやって来た東北学院大生だったと思う。

黒板に、「The End of the World」の歌詞をやにわに書き始めた。当時、ボクラは、英語の筆記といえば「筆記体」が常識で、先生も黒板には筆記体で書いていたが、その若者は、いわゆる「ブロック体」(現在は一般的だが)で書いたのが印象的で新鮮であった。

たぶん板書した歌詞は一部だったのだろうが、下記の歌詞を見れば分かるように、この歌の歌詞は、中学生が習う程度の英文法と単語からなっていて、その実習生も学習の一環として書いたのだろう。

板書が.済んでから、この実習生は持ってきた携帯プレイヤーに「The End of the World」のシングルレコードをのせ、回し始めた。教室中にニキータの美しくも切ない歌が流れた。

実習生はイスにもたれ、眼をつむり、うっとりするような顔で聴き入っていた

が、オイラを含めて文明乏しきへき地の子等には、ニキータがどんな歌詞を歌っているにかチンプンカンプンだったと思う。ただ、オイラも含めて「分かんないが、なんて素敵な歌なんだ」と誰もが感じたことだろう。だれも寝ている者おらず、レコードを聴いていればいい授業に目を輝かせていた。

レコードが終わった後に、実習生は、おそらく歌詞を説明しながら「人称・単数・複数・be動詞、一般動詞・過去形・疑問文・否定分・・」などを説明したのだろうが、残念ながら、まったくその辺の印象がない。

でも、この甘く切ない懐かしい歌を聴きながら、英文の歌詞をいまさらながら目で追うと、中学生の学習にはぴったりのやさしい文法と単語で、あのときの実習生の意気込みが何となく今だから理解できた。

ただ、歌詞の中身は失恋のお先真っ暗なもので、果たしてウブな中学生の教育上どうだったか‥

 

それに、たとえ教育実習とはいえ、あのときのレコードでの授業は、実施要領やカリキュラムからはずれた異端の授業だったのだろう。拍手喝采だ。

毎日があんな授業だったら、オイラの人生ももっと輝いたものになったのかもしれない・・・?

あの実習生、その後先生になれたかな・・ 55年前の遠いおぼろな記憶だが、ニキータの歌にいまも心ときめく。なぜか、歌詞の「Don't they know・・・」のサビのところだけ、いつまでも口に出る美しい歌だ。

 

Why does the sun go on shining?

Why does the sea rush to shore?

Don't they know it's the end of the world

'Cause you don't love me anymore?

 

Why do the birds go on singing?

Why do the stars glow above?

Don't they know it's the end of the world

It ended when I lost your love

 

I wake up in the morning and I wonder

Why everything's the same as it was.

I can't understand,

no I can't understand

How life goes on the way it does

 

Why does my heart go on beating?

Why do these eyes of mine cry?

Don't they know it's the end of the world?

It ended when you said goodbye

 

 

The Other Side より スキータ・ディヴィスの歌

 

 

 

       

        会いたいなぁ  6月のレンゲツツジさん(2019.6.14 安達太良)

 

 

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生きた野鳥図鑑 Youtube 

2022-06-03 17:27:18 | 日記

宮城蔵王古道の大黒天ポイントから賽の河原までの背丈の低い針葉樹や広葉樹の混合林内を歩いているときに特徴のあるリズムのさえずりが聞こえてきた。

「ホーイ・チンチンチン」と一定のリズムを繰り返す。

姿を認めようと、しばらく立ち尽くすがかなわず。歩みを進めたところ、ほんの一瞬高い枝から舞い降り、10メートルほど先の小暗い枝に止まったが、すぐに飛び去っていた青黒い小鳥。きっと、さえずりの主は彼だったのかもしれない。

飛び去った、少し遠くの森からまた「ホーイ・チンチンチン」のさえずりを始めた。よっぽど♀が恋しいのか。

単純なリズムなので、一度耳にしたら、頭から離れそうもなかったが、「記憶力はニワトリ並み?」なので、カメラの動画ボタンをおしてさえずりだけを記憶させて家に帰る。

ナツメ社の「ぱっと見わけ 観察を楽しむ 野鳥図鑑」で、あの青黒い小鳥は誰だったか、ページをめくる。図鑑のコラム欄に「♬聴いてみよう」というコーナーがあって、ページをめくりながら「ホーイ・チンチンチン」と似たような書きぶりをさがしていたら、

スズメ目ホオジロ科ホオジロ属「クロジ」のさえずりが「ホィー、チーチー」とある。同ページに印刷されているQRコードをダウンロードして実際のさえずりを確認。「フィー、チンチンチン」

「これだ!この鳥に違いない クロジだったのか。」

図鑑で見るとオイラが山で見たよりずんぐりしているが、青黒い姿でさえずる者はクロジ違いない。

念のためYouTubeの検索コーナーに「クロジ」と印字してEnterをタッチしたら、「クロジ」のさえずり動画がいっぱい出てきた。どれも画像が美しく音声も明瞭だ。蔵王で聞こえたさえずりの主が「クロジ」に間違いなく、さえずる♂の姿もしっかり頭に焼き付けた。

参考までに「bombay320」さんのアップした美しい動画を張り付けておくが、いまや無料でいち早く美しい動画に出会えるYouTubeは欠かせない生きた図鑑となっている。

山を歩いて、見知らぬ鳴き声を耳にしたら、カメラやスマホの動画撮影で音声記録→図鑑で当たりをつける→図鑑のQRコードで鳴き声確認→YouTubeで確認、といった手順で、少しづつ仲間の名前と生態を覚えていこう。

 

【蔵王で録画した動画】

「ホーイ・チンチンチン」と聞こえる。

 

 

【bombay320さんのYouTube】

「ホーイ・チンチンズヴィ」と聞こえる。

 

     

 

 

 

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季節のタイムマシン

2022-06-02 18:18:02 | 日記

今春、「散りぬる花」を惜しんだ者は、雪まだ残る山に行けばよい。季節を2か月ばかり巻き戻してくれる。春に戻りたければ高い山へ、一足先に紅葉の季節に行ってみたければ高い山に、山はちょっぴり過去と未来への時間旅行を楽しませてくれる。

背丈の低いピンクのミネザクラが、残雪が消えた蔵王の峰々に咲きだしていて、昨日通過した低気圧の置き土産であろうか、風速8m程度の北西の風(ロープウェイ駅の黒板に表示)に止むことなく揺らめいていた。

昨年の今頃に同じ道を歩いたが、雪はまだだいぶ残っていて、ミネザクラのバックに聳える烏帽子岳はじめ南蔵王の山々の針葉樹の森の底は、まだまだ白いものが支配しているようだ。お釜の周囲の雪もまだ厚い。

 

     

     

雪の消えた蔵王の最高峰熊野岳の北斜面には、ごつごつした岩の間にツツジ科のミネズオウのうす桃色の一団があちこち咲きだしていた。図鑑を見ていたらミネズオウのズオウ(蘇芳)は針葉樹のイチイのことらしい。葉の形が、イチイ同様の披針形(メスの刃先のような形)だから名付けられたのだという。いっぱい咲いているので、翌々観察することを怠ったが、マクロで撮影したらとっても可愛らしいんだろう。

そういえば、百均でスマホに取り付けてマクロ撮影ができるアクセサリーが売られているのだという。ちょっと行って探しに行ってみよう。

    

古道を下ると次第に春から初夏へ、大黒天から賽の河原にいたる背の低いシラビソやゴヨウマツの高原台地でカッコウくんがさえずっていた。ときどきウグイスの鳴き声も聞こえる。托卵性のカッコウは、本当の親の顔を知らない。南の国から故郷に戻ったカッコウの♀は、生まれたての遠い記憶のまま、自分より一回りも二回りも小さいウグイスを母親だと思い込み、そのウグイスの巣を生家だと思い込み、そこに卵を産みつけるのだろうか。それならば、同情したくもなるが、なんでも、ウグイスの巣を探し当てたら、付近でジーと巣の様子を見続け、ウグイスの親が食事のために巣を留守にするチャンスに、巣に卵を産みつけるのだという。その話を聞くと、あまり同情したくないが、初夏の高原でカッコウの声を耳にするたび、なぜか哀愁のみがつのる。カッコウを「呼子鳥」ともいう。わが子への愛を授けられないという悲しい定めの鳥が、わが子を永遠に探し続けているような気がしてならない。オイラは、カッコウの声を愛する。

 

      

初夏の高原にはピンクや紫色の花が似合う。草むらにミヤマスミレのスミレ色、木立にムラサキヤシオのコイアカムラサキ色。

 

      

      

この古道にはなかったが、燃えるような朱色のレンゲツツジに逢いたくなった。

来週、晴れ予報ならば、また蔵王を歩きたくなった。雨のため歩けなかった山形蔵王古道。また蔵王温泉にT泊まって、翌日はロープウェイ地蔵岳駅から南蔵王の縦走。不忘山周辺には、もう高山植物の群落が咲きかけていることだろう。

(と、ロマンあふれる書きぶりにしてみたが、山形夏旅キャンペーンさまさまのおかげで、宿代半額、ロープウェイ代金無料という恩恵に味をしめて思いついたまで。今度は天気図を見て直前の予約と行こう。来週、晴れたらいいな)

 

 

 

   

 

 

 

 

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