4月30日 天候 快晴
コースタイム
大崩山荘8:00→吐野9:20→モチダ谷出合10:00→12:10石塚12:20→大崩山12:25→12:30石塚13:00→(中瀬松谷)→権七小屋谷出合12:30→金山谷出合15:10→(三里河原)→吐野16:20→大崩山荘17:30
6:30ザーという音で目が覚め、外に出ると肌寒い感じがしたが、山に入っているという感慨がこみ上げてくる。急いでセーターを着て朝食に取りかかる。谷水で食器を洗ったが手が切れるように冷たい。今日は沢遡行中心で大崩山の尾根に取り付くには全行程の8割ぐらいが沢歩きになる。8:00夕食の準備を終え、薄日の中を吐野へと向う。本流沿いに40分も歩くと喜平越谷の出合に着く(道標あり)。さらに崖をトラバースして進むと吐野に着く。ここまで来ると今までの乱流、垂直に近い崖がうそのように平坦な清流となる。一休みして三里河原よりモチダ谷出合に向かう。大崩の沢の中では最も緩やかな流れで右岸を進む。途中瀬戸口谷の出合も通るが、長門峡を思わせるようなルートを快調に飛ばす。谷が大きく右にカーブしているところでモチダ谷への巻き道になる(この付近でもキャンプしている人がいた)。
左のスズヤブの切り分け入り、沢沿いに30分もさか登ると広い滝に達する。ここで顔を洗い、気分を一新して右に巻いて急坂を登ると今までハイペースと空腹感でバテて石に座り込む。ハムとパン、ゆで卵を放り込む。10分ぐらい休んで再出発するもペースが上がらないのでゆっくり歩くようにする。しばらく進むと横岩屋が現れる。ここを過ぎると谷は小さく急になり、二つに分かれるが、右に行くと青苔に被われた涸れ沢に出る。飛行機の遭難碑(機体の一部が残存している)を過ぎるころになると3~4mのアケボノツツジが群生しており、疲れた体を元気づけてくれる。
スズ竹なかの踏み分けを登り、小積谷コースの尾根道に出合うとゆるい登りとなり、展望の良い石塚に出る。そばに立っているヒメコマツが美しい。先に登っていたパーティに大崩山頂のことを聞くと5分程度で行けるが展望もあまり良くないらしいが、ともかく行ってみることにした。大崩山頂は聞いた通りパッとせず、ピークにも5~6人立てる程度、すぐに石塚に引き返しビスケットを口に入れる。空は雲一つ無く機嫌がいい。祖母から傾の尾根、険しいピークを持つ日隠山、国見、市房等の脊梁の山々が一望のもとに見える。他のパーティと談笑の後13:00に中瀬松谷に向かう。途中の尾根道は5~10mもあるアケボノツツジ、ブナのコントラストが美しい。中瀬松谷に入るルートは道標も無く、石塚より中瀬松谷に向かう最初の切り分けを右に入り、少し下ると急斜面のガレ場に出る。さらに200mぐらい下ると小さな沢が現れる。沢は慎重に下るが、地元の東鳳翩山の沢歩きで慣れていたせいもあるのか心地よい。この沢は一枚岩の花崗岩のなめら状の清流が2~3km続いており、時折ヒメシャラの赤い幹と滝壺に散りばめたアケボノツツジの花ビラが印象的だった。
沢は長いほうがイイ!と勝手なことを考えながら降りていると、バテ気味になった。金山谷、三里河原に着くころになると倦怠感が襲ってきて、沢は短い方がイイ!と叫びたくなったが、そんな元気も無くなっていたので15分ぐらい平な岩の上でゴロンと寝て(15分ぐらい)また歩いた。吐野までの道もいやに長く感じられた。吐野に着くとほっとしたが、吐野から大崩山荘まではさらに長く感じられ、自身に鞭を打つような気持で歩いた。途中で1名の登山者から出合道を聞かれ、答える。今日の歩いたコースも聞かれ、説明すると「長いコースでしんどかったでしょう」と言われる。強がりで「そうでもなかったですよ」とは言ったものの疲労困ぱいでようやく大崩山荘に着いた。今日は私も含め2パーティの宿泊となった。今夜は静かに眠れそうだ。バンザイと心の中で呟きながら寝た・・・明日は今日よりもロングコース・・・ヤケのヤンパチにならないといいがと思いながら・・・・・。
大崩山彷徨3:五葉~お姫~鹿納~大崩ロングヤブこぎ奮闘編へと続く。