誕生日の花、俳句など

毎日が日曜日の私が、その日、その日の出来事や、世間話のなかで、悲憤慷慨何でもあり、想いのままを、書き撲ています

長野県北安曇郡池田町周辺(思い出と関連する唄)

2013-02-07 15:51:22 | 日記
浅原鏡村、本名浅原六郎の出身地長野県北安曇郡池田町、その役場に隣接しているのが「てるてる坊主の館」浅原六郎文学記念館」六郎は明治28年、この地の酒造業を営む飯田屋の六男として生まれた。少年期は福島県平町(現いわき市)にうつり、早稲田大学文学部英文学科を卒業し、出版社に勤務少女雑誌編集に携わる。当時鏡村のペンネームで作たのが「てるてる坊主」。大正から昭和初期にかけて、プロレタリヤ文学に反対する新興芸術派の代表的作家としても活躍し、「不同調」「近代生活」など多くの雑誌の同人になつている。「てるてる坊主」は六朗唯一の童謡と言われ、その發表後の活躍の場は小説や俳句が主となる。祈念館のちかくにある池田小学校の敷地内には、「てるてる坊主」の童謡の碑が校庭に向つて建られているとのこと。安曇野市には、「大熊美術館」「碌山美術館」「安曇野ジャンセン.塚原美術館などがあり、日本の代表的な絵本画家として有名な「安曇野ちひろ美術館(北安曇野郡松川村」」は、ちひろの絵と世界の絵本作家の作品が展示されている。雄大に連なる北アルプスに抱かれる安曇野は自然豊かで、清涼な水でしか育たない「山葵田」が15ヘクタールの広さで栽培されている「大王わさび園」の園内は遊歩道も整備されて自由に見学できる。我々が行つたときは生憎雨でわさび園は印象に雨と川の流しか残らなかつたが、「ちひろ美術館」は素晴らしく今でもその時の様子が浮かんでくる。今日はマンションの再生工事の最中で建屋全体がビニールシートで囲まれて、その外に足場が組また状態なので、気晴らしに「日本の唄~明日へ残したい名曲選~心の歌」のCDを引き出して掛けるべくCDを出したら「浅原六郎記念館」が出て来たのでそのいきさつを書いてみた。その後レコードを聴く事とした。CD枚数約40セツト、梅雨時の雨日でも順序良く再度全部を聞き直すとしよう。

タンポポ補足

2013-02-07 07:35:21 | 日記
蒲公英はヨーロツパでは子供が綿毛を吹いては「好き」「嫌い」と唱え、綿毛の最後の一本がどちらかという占いにちなんで花言葉を「神託」(神のお告げ)という花言葉がついているようだ。日本でも子供の遊びに同様なことをした思い出もあるが、あれは、どの花であつただろうか?遠い記憶で出てこない?アメリカの作家レイ.ブラッドベリの小説「たんぽぽのお酒」には、たんぽぽんぽの花の汁をビンに詰めて、たんぽぽ酒を作るという、素敵な光景が描かれている。小瓶といえども、可なりの蒲公英の花を集めないとお酒が出来ないのではと。呑み助の余計な心配ですが。???

タンポポ

2013-02-07 06:47:04 | 日記
タンポポ;蒲公英(キク科)花言葉は、愛の信託。多年草で最も代表的な春の野の花。根元から出る長い葉は鋸のように切れ込み、その中心から10㎝位の花茎を出し、頂きに葉に似た黄色い花を咲かせる。蒲公英の主な種類は、蝦夷蒲公英、関西蒲公英は、外来種の蒲公英だが、近来西洋蒲公英がざいらいしゅを圧して全国にひろがっている。花の形を鼓に見立てて「鼓草」とも呼ぶ。花の後種子が冠毛を付けて風に舞う。これを蒲公英の絮と呼んでいる。「風楽したんぽぽの絮少女の髪 草間時彦」「蒲公英や日はいつまでも大空に 中村汀女」「蒲公英のかたさや海の日も一輪 中村草田男」「たんぽぽや崖にくひ入る海の紺 太田鴻村」「蒲公英や岬の鼻飛ぶ男鹿の紺 小林黒石樵」「蒲公英の絮吹いてわが顔に会う 中嶋秀子」「川並は躍り上りぬたんぽぽに 大野悠子」。(道端の 蒲公英未だ 覚まさぬ芽 ケイスケ)