生ワカーメ。
カイワレ、レタス、キュウリ。
これは実にうまかった。
作りはしっかりしている。丁寧だ。
【正月2本立てSP②】
江頭、初めての革ジャンを買う
エガちゃんがカッコいいのか、革ジャン
がカッコいいのか。
馬子にも衣裳?(笑)
正直言うと、ルイスのシングル、すごく
決まってる。
舶来堂も懐かしいなぁ。おいらが中坊の
頃からあった。
80年代には二軒隣りにプールホールが
あったんだよなぁ。
そこで、まだ手玉単独ジャンプショット
が登場していない頃に、グランドマッセ
ポジションから手玉単独ジャンプをさせ
ていた。
一緒に撞いてた相手はツーリングマップル
を後年作った奴だった。
舶来堂の向かいの数軒隣りには、昔は中古
屋(ディスカウントショップ)があって、
そこで白鞘の模擬刀を買った。
理由は、その模擬刀の鞘を真剣日本刀の
安め鞘で使う為(笑)。
アメ横通りはいつも賑やかで初詣状態のよう
な人出だけど、山手線ガードを挟んだこの
舶来堂さんの側の通りは、結構空いてるん
だよね。
アメ横で移動に急ぐ時はこちらの通りを
使っていた。
そして、伝説の喫茶店「レナ」があった
のもここ。ノーマルの普通の純喫茶なの
だが、店内鏡張り、ウエイトレスさん
スリットが腰元まで入ったチャイナを
着ていた。あの喫茶店は都内では伝説
だった。風俗店ではない普通の喫茶店。
残念ながら、現在は閉店して存在しない。
この通りは、アメ横ガード下に路上に
ベンチとテーブルを出すヤキトリ屋とか
も多く出て、夜はサラリーマンで賑わう。
新橋と違うのは、若いOLたちも職場の人
たちとその半路上飲食店で飲食している
ことだ。
学生服のドカン=スカパンを作って
くれる店はアメ横側にあった。そこも
流行っていた。ツッパリ君のドカンは、
あれはセミオーダーなんだぜ(笑)。
俺らもその店で作った。生地と色が
豊富に選べた。
上野ってのはいいぜ。
ノガミなんて言い方は1960年代でもう
すでに廃れて、俺らの時代には呼ばな
かったけどね。浅草をエンコとはまだ
言ってた。エンコは浅草公園の公園
の逆転がし読みね。ジャズやテキヤの
世界の。
世界初のモデルガンメーカーのMGCの
店舗が二つ、それと中田やCMCやマルゴー
もあったので、おいらは1960年代の小学
生の頃から上野・アメ横には通っていた。
小中の一時期は毎週のように行ってた。
根岸・京浜東北線に乗ってさ。
幼馴染のような街で、上野・アメ横は
大好きだ。戦後の闇市がそのまま街に
なった場所なんだよ、あそこ。
手が炎に包まれてしまう。
はあ?火が飛んでるじゃん。
82年に法的に死亡扱いが確定。