水曜の松竹座。
昼の部を通しで見た後、軽く飲み、
幕見で夜の部3幕目の「髪結新三」。
「白子屋」の見世先の場面から始まる。
どうでもいいことかも知れないが、皆ストレートに「しろこや」と言うんやね。
「ら」と「ろ」の間の発音、なんて考慮は一切なかったように聞こえた。
梅枝のお熊と時蔵の手代の絡みが良い雰囲気。
もう少し手代に「お熊を思っている」ハラがあると良かったかな。
手代を唆す菊五郎の新三も良い。
特に作為臭がなく小悪党の雰囲気を出せるところが流石。
その後川端で新三が手代を蹴倒す場面。
登場した時点で既に新三は「悪党」の動きになっているのだが、
ここで手代とやり取りする中で徐々に「悪」の顔を見せていく方が好み。
ただこの場面、
身投げしようとする手代を助ける
團十郎の親分が酷く、その印象が強過ぎる。
発声が悪いのは無論だが、リズムも変。
親分云々以前に、江戸の町人とは思えん。
そんな訳で、新三の家でも團十郎の親分との掛け合いはさして快くなれない。
菊五郎も、菊之助の勝奴も雰囲気があったし、
親分を帰らせる啖呵も良かった。
ただ親分がどこまで恨みを腹に抱いて帰ったかはイマイチ見えなかった。
結局私が一番満足したのは、三津五郎の家主と萬次郎の女房だった。
因業、というか金儲けの好きなこの夫婦が、少しクサ目だがよく描かれていたと思う。
家主の家の場面のちょっとした仕草や言葉から、自然で面白い。
新三の家での掛け合いは少し長いし、
家主もクサいかな、と思わなくもないが、
分かりやすく作られており、楽しめた。
しかし、70前の菊五郎が新三で、50代半ばの三津五郎が家主、というのも
何か妙なものだな。
最後は團十郎の親分と菊五郎の新三の立ち回りがあり、幕。
この場面は付け足しのようなもの。
個人的には、最後にカーテンコールっぽい礼が入るのは
やはり好きになれない。
そんなところで、今後は團十郎の世話狂言は避けよう、と思いはしたが、
全体には、まあ満足して帰った。
昼の部を通しで見た後、軽く飲み、
幕見で夜の部3幕目の「髪結新三」。
「白子屋」の見世先の場面から始まる。
どうでもいいことかも知れないが、皆ストレートに「しろこや」と言うんやね。
「ら」と「ろ」の間の発音、なんて考慮は一切なかったように聞こえた。
梅枝のお熊と時蔵の手代の絡みが良い雰囲気。
もう少し手代に「お熊を思っている」ハラがあると良かったかな。
手代を唆す菊五郎の新三も良い。
特に作為臭がなく小悪党の雰囲気を出せるところが流石。
その後川端で新三が手代を蹴倒す場面。
登場した時点で既に新三は「悪党」の動きになっているのだが、
ここで手代とやり取りする中で徐々に「悪」の顔を見せていく方が好み。
ただこの場面、
身投げしようとする手代を助ける
團十郎の親分が酷く、その印象が強過ぎる。
発声が悪いのは無論だが、リズムも変。
親分云々以前に、江戸の町人とは思えん。
そんな訳で、新三の家でも團十郎の親分との掛け合いはさして快くなれない。
菊五郎も、菊之助の勝奴も雰囲気があったし、
親分を帰らせる啖呵も良かった。
ただ親分がどこまで恨みを腹に抱いて帰ったかはイマイチ見えなかった。
結局私が一番満足したのは、三津五郎の家主と萬次郎の女房だった。
因業、というか金儲けの好きなこの夫婦が、少しクサ目だがよく描かれていたと思う。
家主の家の場面のちょっとした仕草や言葉から、自然で面白い。
新三の家での掛け合いは少し長いし、
家主もクサいかな、と思わなくもないが、
分かりやすく作られており、楽しめた。
しかし、70前の菊五郎が新三で、50代半ばの三津五郎が家主、というのも
何か妙なものだな。
最後は團十郎の親分と菊五郎の新三の立ち回りがあり、幕。
この場面は付け足しのようなもの。
個人的には、最後にカーテンコールっぽい礼が入るのは
やはり好きになれない。
そんなところで、今後は團十郎の世話狂言は避けよう、と思いはしたが、
全体には、まあ満足して帰った。