
洗濯物
の
エプロンを
干す前に
パンッパンッ
と
振ると
ポケットから
コロン
500円玉
が
ヒトツ
秋に
計画している
母との
新潟・故郷探訪ツアーに
向けて
少しずつ
貯めている
500円貯金箱へ
即!投入!
と
普段ならば
ニヤける
トコロだけれど
しばし
掌の上に
置いて眺める
「震災で
被災された方に
何か出来ないかな・・」
コンビニの店先
や
街頭で
募っている
義援金に
託そうか
はたまた
熊本産の
食材でも
買おうか
物資を送って
みたほうが
いいのだろうか
氾濫・撹乱する
情報を
キチンと
把握・理解するだけの
チカラを
まだ
自身の中に
蓄えていない気がして
一先ずは
貯金箱へ
入れた
他人事だと想って
知らん顔する
訳じゃない
誰かがどうにか
してくれるだろう
と
高みの見物を
してる
訳じゃない
哀しみや
慌ただしさに
寄り添い
その場凌ぎの
パフォーマンスに
浸る前に
日々の
自身の生活を
整えなくちゃ
いつでも
動き出せるように
するには
いつもしているコトを
疎かにしては
いけない気がするから
作家の五木寛之さんが
おっしゃっていた
「慈悲。という
仏教用語がある。
慈。は、しっかりしろ、
立ち上がって あの高い頂へ
一緒に歩いていこうと
励ますような感情。
もう一方の
悲。は、何かを責めたりせず、
手を重ねてただ涙を流すような感情。」
だと
いま
必要なのは
プロフェッショナル
かつ
被災された方に
密着した
救援・救済措置
その
二次的サポートに
なんらか
微力ながらも
なれる
その瞬間が
訪れた時
ほんの少しでも
応えられる
ためにも
いま
目の前に
山積みになった
洗濯物を
干し上げなければ
いけないんだ
誰かが何とかしてくれる
そう
甘んじるだけでは
終わらない
人間の
本能や
底力を
信じて