~こころに吹く風~

1952年生まれの みよです。
人生の花野に遊びたい。
心躍ることも心塞ぐことも綴ります。

30日目 ラディコーファニ~アックアペンデンテ(Radicofani~Acquapendente)10/28

2019年04月29日 | イタリア巡礼路を辿る旅(Via Francigena)
イタリアの巡礼路Via Francigenaをたどるブログを随分長い間 中断していました。
憧れのラディコーファニにもう一泊したかったけれど叶わなかったので、せめてブログでそこにとどまったという感じです(^^)
やおら再開~

前回の記事はこちら
ラディコーファニの宿で夜明け前に起き出すと、雨が音を立てて降っていました。
相棒のR子はとにかく「歩く人」。とどまるなんて考えはありません。
私たちはイタリアのニュースは見ていなかったので知らなかったのですが、実はこの頃イタリア全土を嵐が襲っていました。ベネチアの7割が水没したと日本でもニュースになったと数日後に友人から心配するメールを受け取りました。

朝のうちは降ったりやんだりの天候でした。


ラディコーファニの町を振り返り、名残りを惜しみます。






荒涼とした大地!
強風に煽られながら歩きました。




イタリアのこの旅の中で一番心に残った景色です。とてもエキサイティングでした。
もう一度見たい! この空気の中にもう一度身を置きたい!








ポンテAリゴの町のバルをあてにしていたのですが閉まっており、ラディコーファニで買ったお菓子やゆで卵を齧りながら雨の中を歩きました。ぬかるだ道を歩くので、靴は泥のお団子をくっつけているみたいに重くなっていました。
ずっと前を歩いていたR子が道を間違えたと勘違いして戻って来ました。しばらく一緒に歩きましたが、私は歩くのが遅くてすぐに引き離されます。
R子は標識派。私はスマホのルートアプリを頼りに歩いていました。
しばらく前から「ワールド・ヴィア・フランチージェナ・マラソン」の立派な標識が沢山立っていました。R子はそれを巡礼路の標識と思い込んでいて、畑の間の道をどんどん行ってしまいます。
繋がらなくなった私のスマホは地図は見られないけれど、正規のルートと現在地だけは表示されます。現在地がルートからどんどん離れて行く事だけは見て取れました。
R子を追いかけても追いつかない。大声を出しても届かない。。。
私は一人で引き返して正規の標識を見つけ、そこで立ち止まって遠ざかる彼女を見ていました。幸い辺りは畑で見通しはききました。R子は互いが見えなくなる手前でやっと私がいないことに気づいて戻って来ました。
自動車道を外れた道が巡礼路でした。




ここを抜けると自動車道に出ました。
雨が激しく降り、雷も鳴り始めました。
巡礼路の標識もなく、アプリが表示するルートもどの方向へ行けば良いのか判断できません。
しばし途方にくれ、リンゴを齧って空腹をごまかしました。
自動車道が次の目的地アックアペンデンテへ行く道だということだけはわかっていたので、交通量の多いその道を歩く事にしました。
雨は激しく降り、道路を流れ、靴の泥はすっかり洗われました。通り過ぎる車が派手に水を跳ねて行きます。
30分ほど自動車道を歩いたでしょうか。もうこの際ヒッチハイクをしようという事になり、車が来ると振り返り手を挙げながら歩きました。
こんなにビショ濡れの人間を二人も乗せようなんていう人はそういるものではありません。
でもやっと1台の車が止まってくれました。少年と犬を連れた若いご夫婦でした。感謝しかありません。
アックアペンデンテのバス停近くで車を降ろしてもらい、とにかくバルに入り腹ごしらえ。
予約してある巡礼宿を探さなくてはいけませんが、宿のそばにバルがあるとは限りません。雨が小降りになったので、私が一人で宿を探しに行きました。


案の定、誰もおらず扉も開きません。
R子が待つバルに戻り、店員さんに私の電話が使えないと説明して店の電話で宿に電話していただきました。
宿に着いてみると、私はザックの中に大きなビニール袋を入れていたので被害なしでしたが、R子のザックの中が全てグッショリと濡れています。明日履くズボンもないと大騒ぎ。小柄なR子は私のダブダブのを履く羽目に。

夜はWi-Fiがあるバルでサンドイッチを焼いてもらい、ジュースで夕食。
翌日はバス移動することにして、バルのお客さん達がバスのタイムスケジュールを調べてくださって、とてもお世話になりました。


今日の歩き 17km位?

《宿情報》
☆La Casa del Pellegrino
住所 Via Roma, 51
電話 3398499965, 3471662919
教区ホステル、寄付、13ベット、10月まで、キッチンなし


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (tonton)
2019-05-08 18:23:04
大変な1日でしたね。
離れていくR子さんを眺めているしかない。どんなお気持ちだったでしょうね。
本当に過酷な旅ですね。
国内の歩き旅はぬるま湯のようでしょう?
言葉が通じない。土地勘もない。通信もダメとなると本当に!!心細いことも多々あったでしょうね。
でもなんとかなるものなんですね。
人生と同じなのかな。
返信する
tontonさんへ (みよ)
2019-05-08 21:58:43
そうなんです!忘れられない一日でしたよ。
いざとなったら宿で合流。だからそんなに心配はしていませんでしたよ。辿り着くまでは大変でしょうけど。

帰国した時、「あ~みんな日本語喋ってる~!」って感動しました。当たり前ですけどね。
言葉が通じないってとても残念ですよね。
せめて英語をもっと話せたら、何倍も内容の濃い旅になっただろうと思うと残念です。
返信する

コメントを投稿