かなり古びた建物の狭い外段階を上がり扉を開けるといきなりそこはアメリカングラフィティの世界。
流れてくるイーグルス「Take It to the Limit」が自然に耳に馴染んでくる。
ウッド調で統一された店内にはダーツや無造作に置かれたミニサイクルやコインゲーム、
ずらりと並べられているヴィンテージギターや革ジャンなんかの上着類も
単なるディスプレイでないというのかオーナーの拘りが伝わるようで只のバーではないのが判る。
何だか日本じゃないような錯覚に陥りそうになるが、ここは大阪ミナミのバーなのだ。
不慣れな都心部ミナミにまで俺がわざわざ出向いた理由は竹田和夫の演奏を聴く為なのさ。
今回のジャパンツアーでは関東中心でこの夜だけが大阪なのだった。
また今回はライヴ専門の会場じゃなくこういった粋なバーで行われるのも非常に洒落ている。
それにしても狭いのに驚く。
カウンター10席、ランダムに置かれた丸テーブル6台の周りに椅子が折りたたみ式を入れて
それぞれ3~4脚、座って観れるのは精々30人程だろうか。
チケットの前売りが積極的でなかった理由も頷ける。
ビックリするのはまだ早い。
通常のライヴハウスやコンサート会場なら当然ある出演者控室もないのである。
よくよく考えればバーなのだからなくて普通なのだが。
関係者が座るとすればその実質客用の座席数は一体どれくらいになるのだろうか。
竹田和夫については今更説明は不要だろうが日本のロック、ブルースを語るには
決して避けて通れない伝説的なミュージシャン、ギタリストである。
70年代に活躍したバンドのクリエイションは音楽好きには広く認知されているかと思う。
彼はそのリーダー、ギタリストだったのだ。
今回はベースの大森成彦(しげひこ)、ドラムの高阪照雄の関西最強リズム隊ユニットなのも嬉しい限りだ。
彼等3人で演奏され既に廃盤となったDVD「ONE&ONLY」は、
思わずオシッコちびりそう、いや失礼少々下品になってしまったが、
鳥肌が立つくらいの強烈なインパクトだった。
その彼らの演奏を生で聴けるのなら少々無理をしても行かねばなるまい。
その竹田氏とは全く音楽とは関係のないひょんなことから知り合って以来
何故か非常に懇意にしてもらっているのだ。
仲良くなって実感するのはとてもギターの演奏能力なんてのを遥かに超えた
人情味があり良識ある大人の男、人生の先輩だということなのだ。
何の利害関係のない一音楽ファンの俺にさえここまで優しく出来るのでも
只者でない一端が判るだろう。
仕事を早めに切り上げ現地に向かうも土地勘のない分、
余裕を見すぎたのもあって開場1時間前に到着してしまった。
ミナミの繁華街の端っこだけに周辺をウロウロすれば喫茶店でもありそうなものだが、
夜間営業が多いのかどこもシャッターが下りてしまっている。
時間つぶし用に持参した東野圭吾の新刊でも読もうとショルダーから取り出したその時、
見覚えのある黒のワンボックスが目の前を通り過ぎ店の隣のタイムズに入っていった。
バックドアに(プラモデルメーカーの)タミヤステッカーを貼ってあるそのVOXYこそ
ベースの大森氏の愛車だ。
実は彼、毎年富士の裾野にある田宮本社を訪ねるくらいのオタクなのだ。
去年までは俺も同じ車種だったのもあって勝手にVOXY仲間を標榜していたのだ。
職業柄あちこちに移動するのに楽器運びにはワンボックスは欠かせないだろう。
今日のようなロック、ブルース用のエレキベースだけでなくジャズや
スタンダード等の場合はウッドベースも弾くのでかなりの大きさになるからね。
あらゆるジャンルの演奏活動をこなす合間には音楽学校でベースを教える先生でもある彼には
真面目、寡黙、職人という表現がピタリと当て嵌まりそうに思う。
一旦プレイしだすと人格が変わったかのようにノリノリになるギャップがまたGOOD!
一旦店に入っていってすぐに出てきた大森氏によればオープニングアクト(前座)のバンドが
今リハーサル中でそれから竹田氏のリハがあるので少し時間が掛かりそうな感じ。
そんな話をしているところにフードを被ったコート姿の高阪氏が手ぶらで登場。
どうやら前日の奈良のツアーライヴ後、自分の楽器を大森氏に運搬してもらったようだ。
彼には「浪速のファンキーナイスガイ」と呼ぶのが相応しいだろう。
大森氏同様にドラムを叩く者からは先生でもあり腕前は書くまでもない高阪氏だが、
見た目の陽気さ俊敏さからは想像もつかないくらいリアルには腰の低い繊細な男だ。
ようするに竹田氏を中心としたこのユニットは誰もが素晴らしい魅力ある面々なのだ。
少しの立ち話の後、高阪氏も大森氏とセッティングの為店内に入っていった。
http://youtu.be/rcNqPdJO5kw(因みにJAZZやってるの時の大森、高阪両名はこんな感じ)
一人になった俺の目の前に今度はミニサイクルに乗りギターケースを背中に抱えた
一見するとその音楽業界関係者のような男がやってきて何やら店内の様子を伺っている。
前座のメンバー一人が出てきたのを捕まえて何やら話をしているのも
聞き耳を立てるつもりはなくても同じ場にいるので聞こえてくる。
どうやらどこかに向かう前に竹田氏に挨拶だけしに立ち寄ったようだが、
まだ来てないと判ってどうするか躊躇しているようだ。
店外で俺と自転車男のおっさん二人きりになって互いに咥えタバコでいると、
日頃逆差別を受け肩身の狭い喫煙者同士、妙な親近感が沸いてきてどちらからともなく会話するようになった。
とても低音で響く滑舌の良く軽妙な「エエ声」はどこかのFM局のDJだろうかなんて印象だ。
その彼K氏も実はミュージシャン、それも関西中心にライヴ活動しているプロ。
最近の音楽に疎い俺が知るはずないがローカルではかなりの認知度のようで
今晩も近くでライヴ予定の前に知人の竹田氏に会う為に寄ったとの事である。
演奏や歌唱力は判らないが関西弁のそのエエ声はかなり魅力的だ。
もう時間がないから竹田さんに宜しくと伝言頼まれ、
その後何故かFBの交換と記念写真を済ませた丁度その時ギリギリのタイミングで
御大がマネージャーとタクシーで到着。
ライヴ終了後の打ち上げ場所(ミナミではほぼそこに決まってる)を自転車DJ(本当はギタリスト)は
竹田氏に確認して「オヤジさんも来るでしょ?打ち上げでまた会いましょう!」
と言い残して去って行った。
おいおいいくら親しくしてもらってるとはいえ分はわきまえてるつもりだぜ。
有難かったのはリハの為に階段を上がりかかった竹田氏から一言。
「外は寒いしオヤジさんも関係者みたいなものだから始まるまで中にいれば良いじゃない。」
マネージャーの冷ややかな(多少自意識過剰かも)視線を感じつつも
鶴の一声では誰にも異論はなくこれは有難く甘えさせていただくことにするか。
中にはマスター、女性店員、前座のメンバー7、8名これに竹田ユニットがマネージャー含めて4名。
それだけで10数人になる。
冒頭に書いた店内の様子はその時の印象である。
カウンターの隅で借りてきた猫のように大人しく座っている俺の満足度は言葉には到底表現出来ない。
敢えて野暮を承知で書かせてもらうが全く採算性度外視のこのライヴ。
このメンバーをこの料金、この人数で味わえるのははっきり言って考えられない事なのだ。
関東メインのジャパンツアーで急遽決まった大阪で大きな会場を抑えられない諸般の事情には
本番で俺の隣に座ったマネージャーは触れてほしくはなさそうではあったがね。
何度も定番である「スピニングトーホルド」のサビを繰り返したりPAの調整やドラム、ベース、
ヴォーカルマイクの音量を設定しているところは本番ではまず見ることの出来ない光景だ。
リハーサルだけで帰ったとしてももう十分な気持ちになっちゃうぜ。
勿論帰るはずもなく本番も絶好調の彼等の演奏を堪能したのは言うまでもない。
毎回不思議に思うのは同じ会場、(PAなどの)設備でこうも音が違うものなのか?
前座には悪いがどうしても比較してしまう、
というより彼らの卓越した演奏能力が素人の俺にもはっきり際立って判ってしまう。
当たり前にプロの仕事をしているだけと一笑に付されるだろうが、
この世に真に職業意識の高い社会人が俺を含めてどれだけいるのかなんて考えると
当たり前に当たり前のことを行うのがどれほど大変なことだろうか・・・?
気づけば立ち見を入れても30名程度、関係者を除けばおそらく観客20人だけの為の
誰かの自宅で行われたホームパーティのようなプライベートライヴだった。
珠玉のライヴを体験できた20名にとっては大半の日本人を敵に廻したとしても
先日の京セラドームのマッカートニーの何十倍も貴重な一夜であったと断言するぜ。