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「ローラ・フェイとの最後の会話」トマス・H・クック 早川書房 ポケミスNo.1852

2012-11-01 | 読書



自分が興味を持っていることは、人もきっと面白いに違いないと、とんだ勘違いを今でも改められない私は、クックがなんなのか興味のない人にまで、探す手間もかけずに、このごろクックが出ないのよ、と愚痴っていた。「翻訳物は少なくなったね」心優しい人たちは、大体を想像して答えた。

愚痴りながら待っていた私は間違っていた、従来の文春文庫ではなくてポケミスで出ていた。毎年一冊、遅いときでも二年に一冊は出ていたはず。今回もやはり「長い休暇」ではなかった。めでたし。

クックの作品は、初期のものも面白かったが、「記憶シリーズ」からが作風も少し変わって読んでいても一段と面白い、一気読みが、終わるのが惜しい。

ストーリーは、いつも似たような展開で、以前に起きた事件の記憶を振り返ったり、再構築して細部を補いながらその深層にたどり着くといった形式が多い。

事件の起きる原因は、不幸な環境や貧困や、両親の不和、降りかかった災難、陥った苦境からの逃避などで、主人公や周りの人々が織り成してきた、過去の歴史を振り返る。遠い過去は朧にかすんで、現実の前で色あせ始めている頃になって。

、ところが何かを契機に、消えてしまっていたはずの過去につながる人物や出来事が、降って沸いたように訪れる。

この「ローラ・フェイとの最後の会話」も、捨ててきたというか、逃げてきた遠い故郷の悲惨な事件のあったk過去から現れた、ローラ・フェイにたまたま再会して(ローラは意図していたが)想い出話をした夕刻、その一夜の話である。

* * *

ルークはアラバマ州グレンヴィルという田舎町の高校では抜きんでた秀才ということになっていた。卒業のスピーチもしたし、レポートも書いた。担任はハーバードに行けると励まし、市長の推薦も受けた。

彼の夢は生き生きとした歴史書を書いて世間に認められることだった。ハーバードから入学許可の通知が来る、しかし当てにしていた奨学金は認められなかった。

父親は儲けなどは無頓着で、流行らないバラエティ・ストアを開いていた。雑貨屋そのままに、商品の整理も出来ていない、父親の性格そのもののような雑然とした店だった。

母は体が弱く、そのころはもう回復の見込みの無い病気に蝕まれていた。
ルークは店員の女(ロ-ラ・フェイ)と父の関係を疑っていた、倉庫を探って浮気を確信した。そして愛して尊敬する母をいっそう不憫に思っていた。

父が射殺される。犯人はフェイの別居中の夫でウディという男だった。

父の保険金が20万ドルあると聞いてルークは胸をなでおろす。
受取人の母から金は水のように自分に流れ込むと思っていた。ところが負債を抱えていた父の死後、債権者に店も品物も母の貯金も渡ってしまう。父は無くなる二ヶ月前に保険も解約して手にしたという三万ドルもなくなっていた。

彼は絶望して途方にくれた、しかし重病だった母が無くなり家を売って学費が出来た。

ルークはハーバードを出たが、思い通りの歴史書は書けなかった。彼の書きかけた小説は、最後にはやせた論文になるのが常だった。
小さい大学で小さな講座を持ち、時々は地味な講演を頼まれ、そのとき夢とは程遠いながら、自分の新刊本を並べてサイン会の机を用意したが、人気は無かった。
そんなとき、講演先のセントルイスに彼女は現れた。

27歳の若さに輝いて父を誘惑した娘は、老いの影の忍び寄った47歳の太目の女になっていた。
彼女はル-クに話があるといい、気が乗らないままにルークはホテルのラウンジに誘う。

ローラ・フェイは馴染みのないカクテルを前に、話し始める。彼女はその後事件を追って調べつくしていた。
ルークは謂れの無い緊張感とおびえを感じる。彼の過去はそういうものと「輝かしい青春」が混在するものであったが、すべては思い出したくないものだった。
ローラは「ルークの旅路」に迫ってくる。ほのかな当てこすりと、遠まわしな感想。それはルークの傷をまた開かせる時間だった。

そして、過去のあの時、事件の原因と結果が、二人の前に真実の光景を広げてみせる。

* * *

なぜクックが好きか。ストーリーには少し緻密さがかけてきた。終わり方や話の締め方にも少し不満が残る。作者は解決したつもりでも、エピローグにしては、従来のように暗いものは暗いままに、人生とはそういう方向が現実的ではないだろうか。と古くからの読者は思う。

それでもクックが好きか。
たとえ~~~~であったとしても。頻出するこういったたとえの中の風景が鮮やかにストーリーを際立たせ、そのイメージは言葉の壁から鮮明な心象風景を伝えてくる。


(あたかも)~~~~のように。

あたかもローラ・フェイにアイスピックで突き刺され、その穴から自分が永久にもれ続けることになったかのように。

「つづけて、ルーク」と彼女は言った。「おねがい、もっと話して」彼女の頬笑みは妙に満足そうだった。油断のならない水域を乗り切り、いますこし気をゆるめて、それほど危険のない川面をゆったりと下っている水夫みたいに。

依然としてわたしの人生を覆っている灰色の蜘蛛の巣をほとんどあざ笑うかのように。

「ひとつの石で二羽の鳥を殺すなんて」「殺す?」とわたしは聞き返した。というのも、その言葉とそう言ったときの彼女の言い方にぞっとするものを感じたからだった。突然、武器を持った危険な闖入者が押し入ってきて、たちまち、ほかのあらゆる問題はなにもかも生き残れるかどうかという単純な問題に還元されてしまったかのように。

陰惨、どこにも出口がないという顔だった。一瞬、彼女は生きとし生けるものの世界から切り離され、引きずられていって、自分の人生の孤独な独房に監禁されてしまったかのように。

私はただまっすく前を見て、ハンドルをいちだんと強く握り締めた。その致命的な握り方によって、砕け散った私の夢の破片にしがみつこうとするように。


プロフィールの写真のように品のいい描写がおおい、露骨な性描写もない。寂れた町や野山の匂いを伝えるような文章は、子供のころの淋しい山の生活を髣髴とさせて、私はクックのミステリは好感をもって読むことしかできない。



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