Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

爺からの手紙

2014-01-18 00:30:00 | コラム
送った相手に「泣いた」といわれた手紙を3度ほど書いたことがある。

似非とはいえモノカキを名乗っているものとして気持ちのいい返しであったが、
「ようし、もういちど泣かせようじゃないか」
と張り切って書くと、いい結果を得られない、、、ということを理解した。

泣かせよう笑わせよう怒らせようとして、そういう反応を100%起こせるひとのことを「真のプロ」というのかもしれない。
(いや、怒らせるのは意外と簡単かも…)


立場を逆転させてみて―。
手紙を読んで泣いたことがあるだろうか。

ぜひ泣いてみたいが、そんな経験はない。
ジーンとしたことくらいは、あるけれども。


世界の映画監督のなかでマーティン・スコセッシがいちばん好きであることは、しつこいくらいに述べている。
次いで黒澤、リンチ、デ・パルマ、塚本、オオシマ、QT、溝口、コーエン、PTA、原、イマヘイ、宮崎・・・とつづく。

好きというより、信奉しているといったほうが適切だろうか。
ほかのひとがいうと嫌な顔をするクセして、自分だけスコ爺と「いっていいこと」にするほど歪んだ愛情を抱いている。

ともかく高校生のころにこのひとの映画に出会って、自分は変わった。

「人生変えた映画や小説、歌なんてあるものか」というひとも居るが、いや、変わるんだほんとうに。
スコセッシの映画に出会わなければ、たぶん東京で暮らしていることもないだろうし、クソのつくろくでなしにもなっていなかったと思う。

そのほうがいいんじゃね、、、だって?

いや、出会わなかったらクソのついていないろくでなしであったというだけで、
どうせいちどしかない人生だったら、クソがついていたほうが面白いっしょ?

そんなスコセッシも71歳、うちの父親よりひとつ年上であり、
最近「(映画を)創っても、あと2~3本」と発言した。

ショックではない。
このひとには「これが遺作だ」と自覚して遺作を撮ってほしい、、、みたいな思いがあるから。

その2~3本のなかに遠藤周作の『沈黙』が確実に含まれているようなので、そういう意味でも安心しているし。

先日、スコセッシが14歳の娘に送った手紙が公開された。
一読して分かった、私信を公開した理由が。

これは愛娘に送った手紙であることは間違いないが、と同時に、自分のような映画小僧に送られた手紙でもあるということ。

広義の意味で捉えれば、この手紙は自分に送られたもの。
そう解釈すれば、前半で掲げた「手紙を読んで泣いたことがあるだろうか」という問いにイエスと答えられる。

きのう読んで、生まれて初めて手紙で泣かされたその内容。

サイト「TECH SE7EN」さんがその英文を翻訳してくれている。
サイトには「皆さんと共有したい」とあるので、その全文を勝手に拝借することにしよう。

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最愛なる フランチェスカへ

私は未来についてあなたにこの手紙を書いています。私は私の世界のレンズを通して未来を見ています。つまり私の世界の中心である映画のレンズを通してです。

私がこの数年間に気づいたことは、私が少年の時にあった映画に関する考え方、子供だった頃からあなたに見せてきた映画の中にあった考え方、私が映画を撮り始めた頃に一般的だった考え方が終わろうとしていることです。
すでに製作された映画について触れているのではありません。これから製作されるであろうものについて言及しているのです。

私は絶望しているわけではありません。これらの言葉を敗北の気持ちで書いてはいません。反対に未来は明るいと考えています。

私たちは、映画がビジネスだということ、ビジネスとして成立するからこそ映画による芸術が可能だったことを常に理解していました。60年代や70年代にこの世界に入った者で、そうした面で何らかの幻想を抱いている者は一人もいません。愛するものを守るため一生懸命に働かなくてはならないことは分かっていました。多少は大変な時をくぐり抜ける必要があるかもしれないことも理解していました。そして、ある段階において私たちは、映画製作プロセスのあらゆる不都合または予測不可能な要素が最小化され、それどころか除去されるときに直面するかもしれないことに気づいていたのかもしれません。最も予測不可能な要素とは何でしょうか。映画です。それから映画を作る人たちです。

非常に多くの人たちが言ったり書いたりしていることやビジネスにおけるあらゆる困難について、ここで繰り返すつもりはありません。そして、私は映画製作の全体的なトレンドの中の例外に勇気づけられています。ウェス・アンダーソン、リチャード・リンクレイター、デヴィッド・フィンチャー、アレクサンダー・ペイン、コーエン兄弟、ジェームズ・グレイ、ポール・トーマス・アンダーソンたちは皆、すべてを管理して映画を製作しています。そして、ポールは『ザ・マスター』を70mmで撮影したのみならず、いくつかの都市では70mmで上映することに成功しました。映画のことを気にかける者の全員が感謝しなくてはなりません。

また、フランスで、韓国で、イギリスで、日本で、アフリカで、世界中で映画を撮り続けているアーティストたちにも感銘を受けています。ますます困難になっていますが、彼らは映画を撮りきっています。

しかし、映画の芸術と映画ビジネスがいま岐路にあると私が言うことに関して、悲観的だとは思いません。音声と映像のエンターテイメント、映画と呼ばれるもの、すなわち個人が構想した動く映像は、さまざまな方向へと向かっているようです。私たちが映画と呼んでいるものが将来、大きな映画館のスクリーンで見られることがますます少なくなり、小さな劇場、オンライン、それから私には想像もつかない空間と環境で見られるようになるのかもしれません。

では、未来はなぜ明るいのでしょうか。なぜなら、この芸術表現の歴史の中で本当に初めて、映画は非常に少ないお金で製作できるようになるからです。こんな話は、私が少年の頃には考えられないことでした。非常に低予算な映画は常に例外でした。今やそれが反対になりました。手頃な価格で美しい映像を撮ることができます。音声を録音できます。家で編集して、ミキシングして、色補正ができます。それら全部が可能になるのです。

しかし、映画作りにおいてこの革新をもたらした映画製作の機械と技術の進歩に関心を向ける一方で、覚えておくべき大切なことが一つあります。映画を作るのはツールではなく、人だということです。カメラを手にして、撮影して、Final Cut Proで編集するのは簡単です。映画を作るということ、あなたが作る必要があるものは他の何かです。そこに近道はありません。

私の友人であり師でもあったジョン・カサヴェテスが今日もし生きていたら、利用できるツールを全て使ったことは間違いありません。しかし、彼が常に言っていたことをいまでも言うでしょう。「仕事に心から打ち込まなければならない、自分の全部を捧げなくてはならない、そもそもあなたを映画作りに駆り立てた閃きを守らなくてはならない。命を賭けて閃きを守らなくてはならない。」これまでは映画作りにとてもお金がかかったために、消耗と妥協から守らなくてはなりませんでした。これからは別のことに対して気を引き締めなくてはなりません。流れに身をまかせたい誘惑に逆らって、映画が流れ去ってしまうことを防がなくてはなりません。

これは映画だけの問題ではありません。何事にも近道はないのです。すべてが難しくあるべきだと言っているのではありません。あなたを鼓舞するのはあなた自身の声であると言っているのです。それは、クエーカー教徒も言っている内なる光です。

それはあなたです。それは真実です。

すべての愛を。

父より





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明日のコラムは・・・

『初体験 リッジモント・ハイ(63)』

コメント (2)
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