◆世界のベストセラー聖書を読む◆
ヨハネ伝第7章に入り足踏み状態となってしまった。以前、偉そうに聖書にあっては5W1H(いつ、どこで、だれが、なにを、誰にと、どのように)を考えて読まないといけない と書きました。それで、ヨハネさんは弟子の中でもっとも長生きをしていたことも書きました。自分が体験した以上にいろいろな聞き及んだ情報が耳に入ったと思います。或いは、聖霊に教えられたことも沢山あったでしょうが、前から「?」に思っているところに来ましたので共に考えて見て下さい。
◆正直に書きます。僕はいくら愛弟子が書いてとしてもそれは、不完全な人間の言葉での記録である。だから、必ずやその人間の時代背景などの5W1Hにより影響された意見が挟まれていると思う。例えばイエスの兄弟たちがイエスに指示している節がありますね(4節)。(イエスの兄弟誰いたのと言えばマタイ13:55、マルコ6:3 に書かれているが、イエス(つまり兄)復活後、ヤコブさんは原始エルサレム教会の指導者になって、あのルターさんからワラの書だと言われた「ヤコブの手紙」を書いた人なのね。後で殺害されてしまいましたが、殉教した。)
◆それで、足踏みになった原因の4節、なぜイエスに指示できたのをヨハネは知っていたのかということ、後から話をいろいろ聞いたんだね。長生きしたし・・・。しかも、イエスは、イエス御自身への信仰をまだ得ていない兄弟からの指示などでは行動しないのだというのが、この10節までの結論。なぜなら、父の命をなすのであって、人からの指示で動かされるのではない、ということを示しているのだ。この4節などは他の福音書には書かれていない。このあとイエスは祭り半ばで宮で教え始められたとあるので、これらの兄弟の言葉がきっかけとなっていよいよ公に話し始めたのかとも思われてしまう。イエスに言わせると「時がきたからなのだ」と言われるけど。
◆ヨハネ伝は、著者ヨハネの宗教文学に近くなっていると八木誠一さんが書いていますね。史実の記録ではなくて広義のキリスト論であると。史実は断片的でしか無く資料価値には乏しいと。これは他の福音書に較べてのこと。ヨハネ伝の分かって分かり難いようなイエスの言葉を八木誠一先生は、言葉の分類から解説しているのは最高に面白く良く分かり、目から鱗であった。初版での購入(14年前)を再読した。(「新約思想の構造」岩波書店 2002年初版)
ヨハネ伝第7章に入り足踏み状態となってしまった。以前、偉そうに聖書にあっては5W1H(いつ、どこで、だれが、なにを、誰にと、どのように)を考えて読まないといけない と書きました。それで、ヨハネさんは弟子の中でもっとも長生きをしていたことも書きました。自分が体験した以上にいろいろな聞き及んだ情報が耳に入ったと思います。或いは、聖霊に教えられたことも沢山あったでしょうが、前から「?」に思っているところに来ましたので共に考えて見て下さい。
◆正直に書きます。僕はいくら愛弟子が書いてとしてもそれは、不完全な人間の言葉での記録である。だから、必ずやその人間の時代背景などの5W1Hにより影響された意見が挟まれていると思う。例えばイエスの兄弟たちがイエスに指示している節がありますね(4節)。(イエスの兄弟誰いたのと言えばマタイ13:55、マルコ6:3 に書かれているが、イエス(つまり兄)復活後、ヤコブさんは原始エルサレム教会の指導者になって、あのルターさんからワラの書だと言われた「ヤコブの手紙」を書いた人なのね。後で殺害されてしまいましたが、殉教した。)
◆それで、足踏みになった原因の4節、なぜイエスに指示できたのをヨハネは知っていたのかということ、後から話をいろいろ聞いたんだね。長生きしたし・・・。しかも、イエスは、イエス御自身への信仰をまだ得ていない兄弟からの指示などでは行動しないのだというのが、この10節までの結論。なぜなら、父の命をなすのであって、人からの指示で動かされるのではない、ということを示しているのだ。この4節などは他の福音書には書かれていない。このあとイエスは祭り半ばで宮で教え始められたとあるので、これらの兄弟の言葉がきっかけとなっていよいよ公に話し始めたのかとも思われてしまう。イエスに言わせると「時がきたからなのだ」と言われるけど。
◆ヨハネ伝は、著者ヨハネの宗教文学に近くなっていると八木誠一さんが書いていますね。史実の記録ではなくて広義のキリスト論であると。史実は断片的でしか無く資料価値には乏しいと。これは他の福音書に較べてのこと。ヨハネ伝の分かって分かり難いようなイエスの言葉を八木誠一先生は、言葉の分類から解説しているのは最高に面白く良く分かり、目から鱗であった。初版での購入(14年前)を再読した。(「新約思想の構造」岩波書店 2002年初版)