やあよ様、
コメント。有り難う御座いました。
思い起こせば、私は御用聞きが来てくれていた時代の育ちですから、スーパーマーケットだのコンビニエンスストアの導入など、アメリカの文化を深い慮りもなく受け入れたのが本当に良かったのかと、未だに納得できている訳でもないし、中途半端に理解しているだけです。
1994年のリタイア後には以前から手がけていた書き物も、ライター面をして続ける事となり、95年からは息子のお古のワープロで原稿を書くように進歩して、時代を追うことにしました。62歳でした。
97年からは某商社の手伝いも引き受けてからは、外出先でも連絡が取れるようにと、訳も分からずに携帯電話を購入。これで時代に追いつく(catch up with the time)作業は終わったかと思いきや、スマートフォンが登場し、SNSとやらの全盛時代が。
こういう方面は放っておいても何とかなりますが、ウッカリ買い物に行けば「セルフレジ」が待ち構えているので難儀させられるのです。ディジタルディバイド世代を少しは大事にしろと言いたくなります。
65歳以上の高齢者が全人口の30%を占める時代になって、その3分の1の勢力を苦しめるような文明の利器を、後から後から導入する時代になってしまいました。ここから遠からぬ先の時代には、人々がAIの指示に従って行動し、PCの前に座ればGPTがこちらの頭の中を読んでEmailを出してくれることでしょう。
真一文字拝
わたしなどは今の時代、人とのふれあいが希薄に思えます。
いつの間にかこうなってきていました。
買い物のセルフレジもそうですね。
90年代半ばには、ガソリンスタンドもセルフになりましたね。
なんでも自立してセルフは、人間関係も希薄で悲しいです。
なので、わたしは進んで他人に親切なほうかもしれません。
将来を悲観しているわけではありませんが、子どもがいないので、
ボケる前に70代半ばには有料老人ホームに入って、
さみしい老後を送るつもりはないんです。
老人ホームに入った後、知り合いの若い人が会いに来てくれればいいな、とか
長生きできれば、自分より若い人や日本を見つめ続けたいです。