ケツが破れた。
営業から帰って、着替えようとした時に、ビリッ!
ズボンを脱いで確かめてみると、ほころびの長さは、10センチ強あった。
困ったぞ。
私は、スーツは、夏冬一着ずつしか持たない主義(?)だ。
だから、替えがない。
思い起こせば、20年近く前になる。
浦和のユザワヤでオーダーメードで作ってもらったこのスーツたち。夏冬一着ずつ。
それをずっと着続けているのだ。
よく今まで破れなかったものだ。
ズボンの膝の部分は、かなりテカッてきているが、ズボンの膝を食い入るように見る人は少ないだろうという確信をもって、今まで着続けてきたのである。
ケツがほころぶなど、思ってみたこともなかった。
困ったぞ。
明日もこのスーツを着て出かけなければならない。
早急に修復しなければならない。
つまり、縫わなければならない。
ヨメに頼めば、簡単にやってくれるだろう。
ヨメは、手先が器用だ。
子どもたちのセーターやマフラーを編んだり、ぬいぐるみを作ったり、ドレスを縫ったりするのは、彼女にとって何の苦労もなくできる作業だ。
しかし、だからこそ頼みたくない。
それほどの腕を持つ彼女に、ケツのほころびなどという簡単な作業を押し付けるのは、失礼にあたるのではないか。
私は、そう思ったのだ。
自分でできることは、自分でする。
これが、人間として、本来あるべき姿のはずだ。
だから、自分で縫うことにした。
針と糸。それだけあればいい。
当然そのふたつはあった。
2種類の太さの針。
そして、糸は黒と白、黄色があった。
薄茶のスーツに合う糸はどれか、と思った。
糸を出し、スーツにあてて確かめてみた。
考えるまでもない。どれも合わない。
しかし、他人のケツをまじまじと見るやつは、この世に存在しない、という確信を持つ私は、その日の気分で白を選んだ。
そして、ズボンを裏返し、ほころびを確かめた。
きれいなほころびだ。
迷いのないほころびと言ってもいい。
これを縫えばいいだけだ。
簡単ではないか。
ほころんだ部分を内側に巻き込むように重ねて縫っていけば、立派に修復できるはずだ。
よし、縫っていこう。
では、針に糸を通すか。
ん?
針の穴って、こんなに小さかったか。
これに糸を通すなんて、厳寒の北海道で満開のハイビスカスを探すより難しいのではないか。
みんな、そんなに目がいいのか?
マサイ族的な視力の持ち主ばかりなのか?
それはありえないと考えて、裁縫箱の中を覗いてみた。
ほとんどが説明のつく道具ばかりだったが、一つだけ見たことのない道具を見つけた。
薄い銀色の怪しい形をした、ペラペラの物体だ。
それは、頭でっかちの宇宙人のような形をした頭の部分に、細いわっかが付いていた。
これって、もしかして、いととおし?
細胞の死滅が激しい私の脳細胞でも、その道具の使い方は、すぐわかった。
いとも簡単に糸通しができたのだ!
これはすごい! 画期的だ! これを発明した人はエライ!
これがあればマサイ族的な視力がなくても、簡単に糸が通せる。
感動しながら、縫いはじめた。
断言するが、私は不器用である。
だから、丁寧に慎重に縫いはじめた。
ひたすら真っ直ぐきめ細かく縫っていった。
その間に、左手の指が10回以上、針攻撃の犠牲になった。
イテッ、イテテテッ・・・・・・
左手の親指が、まだ痛い(血がプツプツと地味に盛り上がってくる)。
10分以上かかって、縫い終わった。
不器用な人間が仕事を全うした。
なんとなく達成感があった。
ズボンを元に戻して、縫い口を見てみた。
うまくふさがっていた。
はいてみた。
ケツの部分に多少の違和感はあるが、これはすぐに慣れるだろう。
何度も屈伸してみた。
ケツに力を入れて屈伸をしたり椅子に座ってみたりしたが、破れることはなかった。
おそらく成功したと思われます。
しかし、その日の夕方。
ヨメが得意げに、私の前に紙袋を置いたのだ。
「これ、パパのスーツとほとんど同じ色のスラックス(死語?)見つけてきたの。あれ相当くたびれてたみたいだから、これと交換したら?」
袋を開けてみた。
確かに、生地の色がスーツの上着と似ているスラックスが入っていた。
上着と合わせてみても、違和感がほとんどない。
こんなにも合うスラックスがあったなんて、これは奇跡じゃないか!
だが、私は少しだけネガティブな感想を持った。
この20年間、私はヨメに服を買ってもらったことがない(自分でも買ったことがない)。
それなのに、久しぶりに達成感を味わった気分のいい日に、なぜこのように予期せぬことをする?
心の狭い私は、やや気分を害したのである。
だから、次の日は、自分で修復したズボンをはいて行くことにした。
ケツに、違和感はなかった。
よしよし・・・。
自転車にまたがろうとした。
高く足を上げて、颯爽と早い動作で自転車にまたがった。
その瞬間・・・・・。
ビリッ!
ビリッ、ビリビリビリ!
大惨事だ。
その結果・・・・・、
ヨメの買ってくれたスラックス。
はき心地いいですよ。
ホント。
人間は、人の好意は素直に受け取ったほうがいいということですね。
またひとつ賢くなった私だった。
営業から帰って、着替えようとした時に、ビリッ!
ズボンを脱いで確かめてみると、ほころびの長さは、10センチ強あった。
困ったぞ。
私は、スーツは、夏冬一着ずつしか持たない主義(?)だ。
だから、替えがない。
思い起こせば、20年近く前になる。
浦和のユザワヤでオーダーメードで作ってもらったこのスーツたち。夏冬一着ずつ。
それをずっと着続けているのだ。
よく今まで破れなかったものだ。
ズボンの膝の部分は、かなりテカッてきているが、ズボンの膝を食い入るように見る人は少ないだろうという確信をもって、今まで着続けてきたのである。
ケツがほころぶなど、思ってみたこともなかった。
困ったぞ。
明日もこのスーツを着て出かけなければならない。
早急に修復しなければならない。
つまり、縫わなければならない。
ヨメに頼めば、簡単にやってくれるだろう。
ヨメは、手先が器用だ。
子どもたちのセーターやマフラーを編んだり、ぬいぐるみを作ったり、ドレスを縫ったりするのは、彼女にとって何の苦労もなくできる作業だ。
しかし、だからこそ頼みたくない。
それほどの腕を持つ彼女に、ケツのほころびなどという簡単な作業を押し付けるのは、失礼にあたるのではないか。
私は、そう思ったのだ。
自分でできることは、自分でする。
これが、人間として、本来あるべき姿のはずだ。
だから、自分で縫うことにした。
針と糸。それだけあればいい。
当然そのふたつはあった。
2種類の太さの針。
そして、糸は黒と白、黄色があった。
薄茶のスーツに合う糸はどれか、と思った。
糸を出し、スーツにあてて確かめてみた。
考えるまでもない。どれも合わない。
しかし、他人のケツをまじまじと見るやつは、この世に存在しない、という確信を持つ私は、その日の気分で白を選んだ。
そして、ズボンを裏返し、ほころびを確かめた。
きれいなほころびだ。
迷いのないほころびと言ってもいい。
これを縫えばいいだけだ。
簡単ではないか。
ほころんだ部分を内側に巻き込むように重ねて縫っていけば、立派に修復できるはずだ。
よし、縫っていこう。
では、針に糸を通すか。
ん?
針の穴って、こんなに小さかったか。
これに糸を通すなんて、厳寒の北海道で満開のハイビスカスを探すより難しいのではないか。
みんな、そんなに目がいいのか?
マサイ族的な視力の持ち主ばかりなのか?
それはありえないと考えて、裁縫箱の中を覗いてみた。
ほとんどが説明のつく道具ばかりだったが、一つだけ見たことのない道具を見つけた。
薄い銀色の怪しい形をした、ペラペラの物体だ。
それは、頭でっかちの宇宙人のような形をした頭の部分に、細いわっかが付いていた。
これって、もしかして、いととおし?
細胞の死滅が激しい私の脳細胞でも、その道具の使い方は、すぐわかった。
いとも簡単に糸通しができたのだ!
これはすごい! 画期的だ! これを発明した人はエライ!
これがあればマサイ族的な視力がなくても、簡単に糸が通せる。
感動しながら、縫いはじめた。
断言するが、私は不器用である。
だから、丁寧に慎重に縫いはじめた。
ひたすら真っ直ぐきめ細かく縫っていった。
その間に、左手の指が10回以上、針攻撃の犠牲になった。
イテッ、イテテテッ・・・・・・
左手の親指が、まだ痛い(血がプツプツと地味に盛り上がってくる)。
10分以上かかって、縫い終わった。
不器用な人間が仕事を全うした。
なんとなく達成感があった。
ズボンを元に戻して、縫い口を見てみた。
うまくふさがっていた。
はいてみた。
ケツの部分に多少の違和感はあるが、これはすぐに慣れるだろう。
何度も屈伸してみた。
ケツに力を入れて屈伸をしたり椅子に座ってみたりしたが、破れることはなかった。
おそらく成功したと思われます。
しかし、その日の夕方。
ヨメが得意げに、私の前に紙袋を置いたのだ。
「これ、パパのスーツとほとんど同じ色のスラックス(死語?)見つけてきたの。あれ相当くたびれてたみたいだから、これと交換したら?」
袋を開けてみた。
確かに、生地の色がスーツの上着と似ているスラックスが入っていた。
上着と合わせてみても、違和感がほとんどない。
こんなにも合うスラックスがあったなんて、これは奇跡じゃないか!
だが、私は少しだけネガティブな感想を持った。
この20年間、私はヨメに服を買ってもらったことがない(自分でも買ったことがない)。
それなのに、久しぶりに達成感を味わった気分のいい日に、なぜこのように予期せぬことをする?
心の狭い私は、やや気分を害したのである。
だから、次の日は、自分で修復したズボンをはいて行くことにした。
ケツに、違和感はなかった。
よしよし・・・。
自転車にまたがろうとした。
高く足を上げて、颯爽と早い動作で自転車にまたがった。
その瞬間・・・・・。
ビリッ!
ビリッ、ビリビリビリ!
大惨事だ。
その結果・・・・・、
ヨメの買ってくれたスラックス。
はき心地いいですよ。
ホント。
人間は、人の好意は素直に受け取ったほうがいいということですね。
またひとつ賢くなった私だった。