リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

カオナシの恩返し

2018-04-08 06:30:00 | オヤジの日記

日帰りのバス旅。

思っていた通り、バスの中では長年の友人の尾崎との会話はなかった。

往きは、二人とも車内で爆睡。ほとんど車窓の景色は見ていない。

昼メシは、一時間のカニ食い放題。カニを食っているときは、誰もが無口になる。だから会話はない。

バスで移動中も無言。二人とも車内でスマートフォンをいじる習慣がないので、何もせずに、ただただ無言。音楽も聴かない。

カニを食って、30分後にはイチゴ狩りだった。30分間の食い放題。

二人ともイチゴを食うような愛らしいキャラではないので、やめようか、と提案しようとしたが、尾崎が躊躇なく入っていったので、慌てて私もついていった。

すると尾崎は、係の人から手渡された練乳入りのコップを手にして、いきなり章姫さんをもぎ始めたではないか。

成熟した章姫さんも、まさかこんな無粋で無愛想な男に掴まるとは思わなかったに違いない。

同情しますよ、章姫さん。

イチゴを食う習慣がない私は、4つが限界だった(カニで腹一杯だし)。しかし、尾崎は、無表情ながらも10個以上の章姫さんを強奪した。

ときどき、食いながらうなずいていたから、満足していたと思われる。

 

またもバス車内では無言。他の人からは「おひとりさま」に見えたかもしれない。

現に伊香保温泉の町並みを二人並んで歩いているとき、同じツアーの人から、「あら、もうお知り合いになったんですか」とにこやかな顔で話しかけられた。

はい、そうです、と答えておいた。

桜は咲いていたが、標高が高いせいか、満開というわけにはいかなかった。5分咲きくらいだろうか。

満開が似合わない男2人が来たのだ。満開になるわけがない。

それでも、桜は美しかったが・・・。

伊香保は、心落ち着く温泉街だった。人の導線を考えた町づくりをしていると思った。見ていて、邪魔なものが、ほとんどない。歩きやすい。そして、歴史を感じた。口元が緩んでいくのが、自分でもわかった。

尾崎の顔は見ていないが、尾崎の体からは、いつもの緊張が抜けているように感じられた。

いい気持ちだ。

普通だったら、おい、写真でも撮ろうか、などといった友だちごっこをするものだろうが、お互い照れくさいから、そんなことは言えない。

 

温泉街を歩き、300段以上ある石段を歩いた。途中、足湯にも寄った。

足湯で、ふたり初めて話した。

尾崎が足湯は初めてと言うから、足湯歴4回の私が、入り方を指南した。

いいか、足湯には、靴下を脱いでから入るのだ。しかし、服を脱いではダメだ。捕まる可能性がある。そして、混浴はOKだ。さらに、これが一番大事なのだが、足湯に入ったら、足の指でグーチョキパーをするのだ。俺が、見本を見せてやろう(私には、両足の指でグーチョキパーをする何の役にもたたない特技があった)。

ほら、グーチョキパー! あ! 右足の勝ちぃ~。

それを見た尾崎が冷静に言った。

「俺は、お前のことを自由でのんきな男だと思っていたが、間違っていた。ただの馬鹿だな」

 

は、恥ずかしい。

 

つぎに、赤い橋を見た。

これは、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」の湯屋前の橋のモデルになったと言われている橋だ。「河鹿橋」というらしい。

想像以上に、こじんまりとした橋だった。

カオナシが通った橋。

私は、尾崎に言った。

なあ、この橋をゆっくりと渡ってみてくれないか。

すると尾崎は、この旅で初めて笑った。

「あの映画が流行っていた頃、中野の商店街を歩くと、見ず知らずのガキが、俺の顔を見て『あ、カオナシだ!』って指さすんだよ。おまえも、そのレベルか」

渡らないかと思ったが、珍しいことに、尾崎は、カオナシのように、ぬーっと歩いてくれた。

拍手をした。

戻ってきた尾崎は、鈍色(にびいろ)をした流れる川を見つめながら言った。

「俺は24歳までカオナシのように、邪悪なものを飲み込むことで、自分を偉いと勘違いして生きてきたんだ。そのときの俺はカオナシと同じく毒を貯め込んでいた。だが、カオナシは、たった一人の純粋な子に目を覚まされた」

「その純粋な子が、俺にとっては、おまえの母さんだった。安っぽい言い方になるが『愛』ってやつだよな」

「いま、はっきり言うが、俺を変えてくれたのは、母さんだ。なあ、答えてくれないか。俺は、母さんに恩を返したのか」

今日初めて、尾崎と目が合った。悲しい目ではない。ただ、必死だった。答えをすぐに知りたいという切羽詰まった目だった。

その必死な目を見ながら私は言った。

 

母さんは、おまえを次男だと認めていたんだ。つまり、おまえは、母さんにとって特別な人間だった。

母さんも間違いなくおまえに恩を感じていたということだ。知らないうちに恩を返したり返されたりの関係。

それって、家族ってことだよな。

 

「ああ」と言いながら、尾崎が空を見上げた。まるで、涙をこぼすことを嫌うように。

 

最後は、酒蔵に寄った。

日本酒の試飲ができるというので、飲んだ。

お一人様、各銘柄一杯限りというルールだったらしいが、美味かったのでおかわり、と言ったら、快くおかわりさせてくれた。

尾崎と二人、結局4杯飲んだ。

もちろん、タダ酒は失礼だと思ったので、酒を買った。

そのあと、車中爆睡。

酒の匂いを振りまきながら、新宿駅に着いた。

それから、新宿から中央線に乗った。

尾崎は、中野駅で降りる。

 

また無言。

 

降りるとき、尾崎が、無表情に両手で私の肩を軽く叩いた。

 

何の迷いもなく、ふたり初めて軽くハグをした。

しかし、お互い目は合わせなかった。

 

 

母さんを感じた、とてもいい旅だった。