先週の土曜日のことだった。
「初任給をもらったら、買おうと思っていたんだ」と言いながら、娘が紙袋を私に向かって放り投げた。
中を開けると、ベルトが2つ入っていた。ウェニダと書いてあって、色は黒と茶。黒は穴のあるもの。茶は、穴のないオートロック式のものだ。
私は生意気にもベルトを1本持っていた。10数年前、大宮の紳士服店の閉店セールで500円で買ったやつだ。そのベルトの表面が毛羽立っていたのを、私は見て見ぬ振りをして長い年月生きてきた。
まーだ、使えるもんね。
そうやって、自分をごまかしてきた。罪深い男だ、私は。
しかし、今回、娘が教えてくれたのだ。現実を見ろ、と。
現実を見た結果、私は、ありがトーフ、と言って泣きながら2つのベルトを受け取った。
新品のベルトは、やっぱりいいなあ。
私は、このベルトに「夏帆1号」「夏帆2号」と名前をつけた。
娘は、母親には化粧品を。兄には靴下をプレゼントした。
そして、「まだ、晩ご飯の支度はしてないよな」と聞いた。
まーだだよ。
「よし、近くのイタリアンレストランでディナーをするぞ。7時半に予約をしておいた。ボクの奢りだ」
何といういい娘だろう.きっと親御さんの育て方がよかったに違いない。
そう言えば、5年前の息子の初任給のときも、息子に奢ってもらった記憶があった。
このときは、横浜まで出かけたのだ。
なぜ、わざわざ横浜まで行ったかというと、超人的に記憶力のいい息子が、我々夫婦の初デートの話を覚えていたからである。
34年前。サトル君とユミコさんは、横浜の「港の見える丘公園」に行ったという。そして、そのあと、元町のフレンチレストランで食事をした。さらに、山下公園を手をつないで歩き、馬車道のカフェでコーヒーを飲んだとさ(まったく芸のないデートコース)。
それを思い出した息子が、そのときと同じルートをたどりたい、と希望したのだ。
さらに、「お金は全部俺が出すから」と、慈悲深いことを言った。
息子と娘は、山下公園と馬車道には行ったことがあった。だが、港の見える丘公園と元町は行ったことがなかった。
「行きたいな」「楽しみだな」と、はしゃいだ。
私の場合は、3年前まで、横浜元町にクライアントがいたので、年に5、6回は行っていた。だから、目を瞑っていても歩ける・・・わけではないが、目を開けていたら、普通に歩けた。
港の見える丘公園から元町へ。しかし、残念なことに、あのフレンチレストランは、もう地球上に存在していなかった。仕方ないので、中華街に足を向けて、そこで本格中華をご馳走になった。
ついでに、関帝廟で、関羽雲長さんにご挨拶をした。
山下公園では娘と手をつないで歩いた。馬車道では娘とスキップをした。初デートをたどるこの旅は、思いのほか楽しかった。
そのときも私は、息子に、ありがトーフ、と泣きながら頭を下げた。
今回のイタリアンレストランは、マンションから3分程度歩いたところにあった。メインストリートではなく、住宅街の一角に、その店はあった。
いかにもイタリアンな店だった。だって、店の前に大きなイタリア国旗が飾ってあったから。
ディナーは、コース料理が2つだけ。みな同じものを頼んだ。
サバのアクアパッツァ、ほうれん草とベーコンの濃厚トマトソースパスタ、春野菜と蒸した鶏のジェノベーゼソース、白桃のジェラート。
美味かったかって?
これが、3000円なら、私は膝を叩いて、美味い! と言っただろう。しかし、5000円では膝は叩けない。せいぜいトイレのドアを叩くくらいだ。
ご馳走になっていて、言うことではないだろうが。
しかし、娘には、ありがトーフ、と深く頭を下げた。
この上なく、嬉しい一日だった。
ただ、嬉しくないことも、心の片隅に、深海に生息するダイオウイカのような大きさで存在していた。
初任給の日から遡ること4日、同業者と飲んでいるときに、娘からLINEが突然来たのだ。
「気になる人ができた。好きになる確率99パーセントぉ!」
「さっきまで、その人を入れて、4人で飲んでた」
意気消沈。
これは地獄か・・・と思ったが、娘の幸せを願わない父親は、父親ではない。
だから、もし、付き合うことになったら、絶対に紹介するんだぞ、と涙ぐみながら土下座した。
「わかったなりー」と娘。
そして、娘は、フライング気味に、こんなことも言ったのだ。
「初デートは、港の見える丘公園、元町、山下公園、馬車道がいいな」
それを聞いて、父ちゃんは、こっそりとあとを付けてやろうかと思ったぞ。
トホホホホホホ・・・・・