「マヌケなオチだったな」と娘と2人で笑った。
娘は、青リンゴの缶チューハイ。私は、クリアアサヒを飲んでいた。つまみは、柿の種と暴君ハバネロだ。
それは、1ヶ月以上前の土曜日のことだった。
これに関しては、話のオチが出来すぎているので、話の真偽を疑われるかもしれないと思って、書くのをためらった。
しかし、今回、ブログネタが尽きたので、遅ればせながら書くことにした。
娘は今年の春、東京の私鉄会社に就職した。そして、2ヶ月の研修を終えたあと、広報部に配属された。若手の多い部署だという。
お決まりの新人歓迎会では、「おー、いい飲みっぷりだねえ」と周りから言われ、あおられてチューハイを何度も勧められそうになった。
しかし、そのとき、1人の男性が立ち上がった。「無理強いはダメだよ。こんな細い子が、そんなに飲めるわけないんだから」と周りを制したのだ。
(娘は、心の中で、5杯くらいならチョロいぜ、と思ったそうだが)
その男性は、カトウくんと言った。年は、27か8。見た目は華奢に見えたが、声に力があって、よく通る声をしていた。そして、とても清潔そうに見えたという。
歓迎会が終わったあとで、娘は一応、「さっきは、ありがとうございます」と礼を言った。
カトウくんは、微笑みを返しただけで、何も言わなかった。
それ以来、娘はカトウくんのことが気になりだした。チラチラと観察してみると、カトウくんは、人の世話を焼くのが好きなようだ。そして、人を笑わせるのも好きなようだ。ただ、絶えず冗談を言ってはいても、仕事に関しては堅実にこなすタイプだ。さらに、娘が気に入ったのは、カトウくんのことを悪く言う人がいないというところだ。
「好きになる確率、99パーセントォ!」
娘は、私に、そう宣言した。
頭に、金だらいが落ちてきたようなショックを受けた。ドリフターズのコントなら、話は、そこでおしまいになるが、残念ながら、これは、むしろ始まりだった。
その後、娘は、よく飲み会に誘われるようになった。メンバーは、大抵は7人。カトウくんの他に、娘と同期のサヤちゃん。あとは、広報部の25〜32歳までの男女だ。
娘が、3回目の飲み会に参加したときのことだった。私と同じで、回りくどいことが嫌いな娘は、その席で直球を投げたのだ。
「彼女は、いますか」
娘がカトウくんに、そう聞いたとき、娘とサヤちゃん以外の4人の間に変な空気が流れた。時間の流れが遅くなった気がした。その後、4人は、遠慮がちにカトウくんを見た。
ただ、その視線を受けても、カトウくんの表情は変わらなかった。そのあと、カトウくんは、娘の目を真正面から見た。真摯な目だった。
「僕は、2年以上前に、カミングアウトをしました」と言って、今度は他の人たちを見回した。4人は、まるで機械仕掛けの人形のように頷いた。
そのあと、カトウくんは、また娘に目を移して、よく通る声で言った。
「僕は、女の人に興味がないんですよね」
あーーー、そっち?
今度は、金だらいが娘の頭に落ちた。
娘と私のコントは終わった。
「脳天直撃だったな」と娘は、自分の頭をさすりながら、豪快に缶チューハイを飲み干した。
そのマヌケなオチのあと、同期のサヤちゃんから誘われた。サンシャイン水族館に4人で行かないか、というものだった。
「4人?」
「私の彼の友だちと行くということ」
まさかのダブルデート?
「いえ、気楽な娯楽だから」
サヤちゃんは、娘に気を使ってくれたようだ。
断るのも悪いと思ったので、「ありがとう」と頭を下げた。そして、「サヤちゃんの彼氏って、どんな人」と娘は聞いた。
サヤちゃんは、嬉しそうに「ヌーっとしてて、ヒョロっとしてて、甘えん坊タイプ」と答えた。
ちなみに、サヤちゃんは、可愛い子だった。娘に画像を見せてもらったが、小動物のリスっぽい顔をしていた。
こんなタイプの女の子を好きになる男は多いかもしれないと思った。ただ、サヤちゃんには、若干天然なところがあるらしい。ペットの柴犬の名前が、「自転車」というのだ。
なぜ、そんな名前になったのかというと、商店街を自転車で走っていたら、自転車の後輪がパンクした。幸い近くに自転車屋があったので、直してもらおうとした。しかし、先客がひとりいたので、30分以上かかると言われた。
では、ちょっと買い物を、と思って歩き出したら、自転車屋の斜め向かいにペットショップがあることに気づいた。入ってみた。
すると目の前のケースに、サヤちゃんの顔をまっすぐに見て、尻尾を懸命に振る犬の姿が目に入った。目が釘付けになった。これは、運命だと思った。サヤちゃんは、その場で衝動的に、クレジットカードで、その柴犬を買ってしまったのだ。
そして、名前をつけるとき、自転車がパンクしなければ、この柴犬とは絶対に出会えなかったということを忘れないために、「自転車」と名づけたのである。
変な子だ。たとえば、出産したとき、助産婦さんに助けられたとしても、その子の名を「助産婦」にする人はいない。せめて、「助さん」くらいなものだろう。変わっている。
先週の日曜日、娘たちは、池袋駅で待ち合わせをした。サヤちゃんの隣に、男が2人いた。
しかし、娘は迷った。どちらがサヤちゃんの彼氏かわからなかったからだ。なぜなら、2人とも、ヌーっとしていて、ヒョロっとしていて、甘えん坊タイプだったからだ。
自己紹介で彼氏が判明したが、そのとき娘は、心の中で、サヤちゃんの彼氏を「ヌー1号」、もう1人を「ヌー2号」と名付けることにした。
サンシャイン水族館は、それなりに楽しかった。そのあと、イタリアンレストランで食事となった。
このとき、食事を選ぶ段階で、娘はモヤモヤすることになる。3人が「メニューが決められない星人」だったからだ。
私のヨメも息子も、「メニューが決められない星人」だった。メニューの最初から最後まで見て、次に最後から最初に戻る。しかし、決められないのだ。何度か行きつ戻りつした結果、無駄な10分を費やすことになる。
そして、メニューを決めて、食い終わったあとで必ずこういうのだ。「他のにしておけばよかった」。
それに対して、娘と私は即決だ。娘はハンバーグ、私はパスタのページの中で、一番先に目についたものを選ぶ。
なんで、自分の食いたいものが、スパッと決められないのだ。その時の欲求に従えばいいだけではないか。
だから、娘は無断に時間を費やす3人には悪いと思ったが、「あたし、先に頼むけど、いい?」と断った。「いや、もう決まるから」と3人は言ったが、全然決まる気配なし。
娘は、初対面で、こんなことはやりたくなかった。しかし、10分以上、食い物で悩み悶えるのは異常だ。だから、娘は単独で料理を頼んだ。当たり前のことだが、ハンバーグとパン、サラダが先にやってきた。
その頃、3人の注文は、やっと確定した。娘は、気を使ってゆっくりと食った。だが、どんなにゆっくりと食っても時間には限度がある。結局、娘が食い終わったころ、やっと3人の食事がやってきた。
そのあと、3人は食べ終えたあとで、口を揃えて言った。「他のにしとけばよかった」。
しかし、世間一般的に言ったら、悪いのは娘の方だと「奈良判定」が出るはずだ。だから娘は、「ごめんなさい」と全員に謝った。それに答えるように、サヤちゃんも「私もごめんね」と謝った。
それからのち、娘とアヤちゃんは、今まで通り、今も良好な関係を保っていた。
だが、そのとき同席した男たちは、娘に対して、そのあと一言も発しなかったという。
そればかりか、娘がトイレに行くために席を外したとき、ヌー2号が、「俺、あんな子、絶対に無理」と激しい拒絶反応を示した。
「まあ、やっちまったのはボクだから、仕方ないよな。メニューを決める楽しみを奪ってしまったんだから、嫌われて当然だ。ただ、あの2人に、カトウさんの半分くらいの男らしさと気配りがあったら、話は違っていたかもしれないな」
まさか、未練があるとか。
「それはないけど・・・しかしなあ、普通はゲイの方たちって、喋り方や態度でなんとなく想像できるよな。でも、カトウさんには、全然そんな匂いはしなかったんだ。やっぱり、ボクの経験不足かな。そこは、反省しないといけないな。
ということで、経験を積むために、今度からは、ボクもターゲットに、女の人を加えようかなと思ったりして。道重さゆみちゃんタイプだったら、ボクは全然オッケーだぞー、ヘッヘッヘ」
不気味に笑う娘であった。
キミ、本当に反省してるのか?