ブライアンが、いきなり「おひさしブリーフ」で出迎えてくれた。
土俵入りの型は、私が教えた通りだった。
ブライアンは、極道コピーライター・ススキダの一人娘の旦那だ。
カナダ人。モントリオールで警察関係の仕事をしていた。
私は、彼のことを「ブラちゃん」と呼んでいた。ブラちゃんは、私のことを「サトルゥ」と呼んだ。
私が「おひさしブリーフ」返しをすると、ブラちゃんは、格闘技選手のようなゴツイ体を寄せてハグをしてきた。
一年ぶりの再会だ。
ブラちゃんに初めて会ったのは、5年前の暮れのことだった。武蔵野のオンボロアパートで家族の晩飯を作っていたら、ススキダから電話があったのだ。
「いま新宿の料理屋で忘年会をしているんだが、出てこないか」
私は即座に、断る、と答えた。
しかし、ススキダから「店の人がな・・・いい牡蠣が大量に入荷したって言ってるんだ。今年一番の上物らしい」という話を聞いて、態度を変えた。
行ってやることに、やぶさかでない。
料理屋の仲居さんに、部屋に案内された。戸を開けると、白人の姿が、すぐに目に入った。それも、筋肉質のキン肉マンだ。
「紹介しよう。俺の娘の旦那さんだ。ブライアンという」とススキダが、私をキン肉マンの隣に押し込んだ。背は6フィートの私と変わらないが、体全体から溢れ出す圧迫感が半端ない。こんな奴とハグはしたくない。壊される。
そう思ったら、0.2秒で抱きしめられた。優しいハグだった。しかし、この程度のことじゃ、惚れないぜ。
このときの面子は、ススキダ夫妻と娘さん夫妻、そして、娘さんのガキだった。
ガキは、日本でも海外でも通用するような名前を付けたという。キラキラネームに近いかもしれない。
キラキラネームに関しては、批判的な人が少なからずいる。だから、ガキの名前は伏したい。
私にとっては、ガキよりもカキ。
おかわりの連続。ススキダたちは、コース料理を食ったが、私はこのとき、牡蠣しか食わなかった。絶品でした。
ススキダの娘さんは、五流大学出のススキダと違って、大学はアメリカのボストンに入った。そして、卒業後、カナダの大手セキュリティ会社に就職した。1年後、そこで、警察から研修に来ていたブライアンと知り合った。
ブライアンの一目惚れだったという。娘さんも好青年のブライアンを好ましく思っていたから、結婚までの道のりは、一年足らずの短さだった。
ブライアンは、警察関係の仕事をしているといっても警官ではないらしい。ススキダ夫妻は、ブライアンが何をしているか知っているようだが、私には教えてくれない。他人には教えられないヤバイ仕事なのかもしれない。
ミッション・インポッシブル?
5年前のブラちゃんは、カタコトの日本語しか話せなかった。そして、私の英語もカタコトコストコ。
我々2人の会話は、カタカタコトコトしか通じなかったが、それでも不思議なもので、コミュニケーションは成立した。
ブラちゃんがカタコトで言う。ブラちゃんは、7年前(その時点では2年前)に結婚式を日本であげるために、初めて来日した。花嫁は、すでに日本に帰っていて、成田空港に迎えに来ることになっていた。
入国ゲートで、ブライアンは花嫁の姿をすぐ見つけ、花嫁をハグした。しかし、花嫁に「キャー!」と叫ばれた。
「誰よ、あんた!」
人違いだったのだ。よく見ると、全然違う人だった。ブライアンは、とても目が悪かったのだ。おバカなブラちゃん。
「なげらるそに、なました」(注)「殴られそうに、なりました」
そのとき私は、おバカなブラちゃんに、日本のギャグを伝授した。
バイキング小峠英二氏の「なんて日だ!」とイヤミ氏の「シェー」だ。
「なんて日だ」は、すぐに覚えた。しかし、「シェー」は、手と足の動作が、なかなか覚えられなかった。手は合っていても足が合わない。今度は、足が合ったら、手が合わないというループ状態。見かねて、ススキダの娘さんが、英語で丁寧に説明したら、一発でできた。
おや? 私の英語がダメだたたたたてことすかい?
それ以来、ブラちゃん一家が、日本にやって来ると、必ず私も食事の席に呼ばれるようになった。2年目からは、ブラちゃんが、夏の方が休暇が取りやすいというので、8月の開催になった。
場所は、いつも新宿の料理屋だった。ススキダのフランチャイズは横浜だが、横浜は私にとっては距離的な負担がある。そこで、私が行きやすい新宿にしてくれたのだ。
優しすぎるススキダ。おまえ、まさか賞味期限が37年過ぎた、みたらし団子を食ったんじゃないだろうな(酒の飲めないススキダは、甘いものが大好きだ。特にみたらし団子が。好きすぎて、みたらし団子専門店を出すことを考えているようだ)。
という、どうでもいい話は、すっ飛ばして、私は、毎回ブラちゃんに日本伝統のギャグを教えた。
2年目は、オードリー春日氏の「おにがわら!」とダンディ坂野氏の「おひさしブリーフ」。3年目はタカアンドトシ氏の「欧米か!」とツッコミの「なんでやねん!」。4年目は、近藤春菜氏の「マイケル・ムーア監督じゃねえよ!」とスギちゃんの「ワイルドだろ〜」。昨年は、三瓶氏の「三瓶です」と大西ライオン氏の「心配ないさー」だった。
勉強熱心なブラちゃんは、真剣に覚えて、ものにしてくれた。「おひさしブリーフ」は、カナダの同僚にも受けたという。土俵入りのポーズが面白いらしい。だから、これは、ブラちゃん一番のお気に入りギャグだ。
今年は何を伝授しようか迷ったが、王道をいくことにした。
ビートたけし氏の「コマネチ!」と志村けん師匠の「だっふんだ!」だ。
コマネチは、手の角度が大事だよ。「その角度は何?」とブラちゃん。最近のブラちゃんの日本語は、急速な進歩を遂げていた。ほぼ日本語で会話が成立するレベルだ。若いっていいな。ちなみに、ブラちゃんの年は、サーティシックス。
ところで、話はやや脱線して・・・。
ススキダ一家は、トライリンガル一家だ。ススキダ夫妻は、日本語、英語、中国語が話せる。ススキダの娘さんは、日本語、英語、フランス語が話せる。そして、ブラちゃんは、英語、フランス語、スペイン語が話せる。日本語を加えたら、クァドリンガルになる。
極道一家は、インターナショナルなのだ。
私は、猫語と日本語しか話せないから、チョット足りない。
話を戻して・・・私は、ブラちゃんに、その角度は、体操着の股の角度なのだ。この角度は一定でなければならない、と教えた。
「どんなときに使うの?」
人の話を遮りたいときとか意表をつくときかな。
「意表をつく? ホワット?」
アネスペクテッ。
「ダッフンダ」は、顔が重要である。両目を寄せて下唇を出し、人をバカにしたような顔で言うのだ。
「どんなときに使うの?」
人に悪さをして、人から責められたときに、人を一瞬にしてパニックに陥らせる魔法の言葉だよ。
6回目となると、ブラちゃんの飲み込みも早い。すぐ覚えてしまった。
少々物足りなさが残った私は、ブラちゃんに、もう1つの言葉を教えることにした。
だが、これはギャグではない。安室奈美恵先生のご引退を惜しみつつ、ブラちゃんに伝授しようとしたのだ。
「安室ちゃ〜ん!」
いいかい、ブラちゃん。これは偉大なアーティストが引退するときに叫ぶ言葉だ。
たとえば、アリアナ・グランデが引退するとしよう。そうしたら、みんなで「安室ちゃ〜ん」と叫ぶのだ。それが、日本のしきたりだ。
私がそう言うと、ブライアンが、柔和な目を作って言った。
「サトルゥ、それは、間違っているヨー。それは、歌手の安室奈美恵のことだよね。まりあ(ススキダの娘さん)は、昔から安室奈美恵が大好きで、それにつられて、僕も大ファンになったんだ。東京ドームでのラストライブには、2人で行ってきたよ。感動したね」
あら? そうなん? カナダからわざわざザワザワ?
しかし、よく、チケットがとれたね。まさか、特別なコネクションを使ったとか?
私がそう言うと、ブラちゃんが、不気味なウインクを投げかけ、人差し指を口の前に立てた。
ブライアン、あんた、いったい何者?
(聞かない方がいいか)