リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

輝く原石

2019-12-15 05:35:01 | オヤジの日記

みんな大好きイナバ君。

 

11月の初めごろから、イナバ君からLINEで「誕生日はMさんの大好きな牡蠣でお祝いしましょう。楽しみだなあ」というお誘いを受けていた。

さらに誕生日一週間前も「牡蠣たべよ牡蠣たべよ牡蠣たべよ牡蠣クケコー」狂ったか。

ただ、残念ながらタイミングが合わなかった。

私の誕生日前後は、イナバ君の奥さんが家にいなかったので、イナバ君が2人の子どもから世話を受けなければいけなかったからだ。

イナバ君の奥さんは、仲間とよくボランティアに出かけた。同い年の奥さん方3人と学生やフリーターの人たちを何人か募って、災害に限らず困っている人がいたら、軽トラック2台を躯って参上するのである。

今回は、本格的な冬が来る前に被災地のお手伝いをしようと千葉県、茨城県を6日間かけて回った。10月に2回も行っているのに。

私には真似ができません。尊敬するしかない。

イナバ君の奥さんは、「莫大」が4乗つくほどの父親の遺産を受け継いで、呆れるほどの恵まれた環境にいるのだ。もっと傲り高ぶって暮らしてもいいのに、質素で献身的なくらしをしていた。趣味は家庭菜園。

 

イナバ君が言う。

「うちの奥さん、ボランチに夢中なんですよ」

ボランチは、サッカー、バレーボールだよね。

私が思うに、奥さんの最大のボランティアは、イナバ君と結婚したことだ。

私なら、こんなスットコドッコイと結婚したくない。

私とイナバ君との出会いは、18年くらい前だろうか。仕事で精密なイラストが必要になった私は、知り合いに、誰か知らんかよとリクエストした。

友人は「才能のあるやつを知っているが、頭のネジがずれているんだよね。ただ、おまえとは合うかもしれんな。ずれたもの同士、仲良くやってみ」と褒めてくれた。

 

初めて会ったとき、午前中だったのに、「こんばんわ」と挨拶された。

中央線阿佐ヶ谷のマクドナルドで、「軽く食べる?」とタメ口で言われた。

ああ、軽くね。

私はマックフライポテトのMとホットコーヒーを頼んだ。イナバ君は、「軽く」と言いながら、テリヤキバーガーとマックフライポテトのL、チキンナゲット、Lサイズのコーラだった。

潔いくらいのズレ加減だった。

その後も、イナバ君はタメ口で話しかけてきた。話してみると、一般常識を知らないこともすぐに判明した。

「今日ってさ、『おおやすよしび』だよね。なのに、バーゲンあまりやっていないよね」

おおやすよしび? 初めて聞く日本語だぞ。漢字で書かせてみた。

大安吉日。

この日は、どこの店でも大々的にバーゲンセールをして、みんなが喜ぶ日だとずっと思っていたのだ。

感心した。こんな読み方と受け止め方をする人が世の中にはいるのだ、という新しい発見があった。

 

これは、貴重な原石ではないのか。

 

興味を持った私は、たまに阿佐ヶ谷のマクドナルドにイナバ君を呼んで、この原石を磨くことにした。

目上の人に対する言葉遣いを少しずつ矯正した。言葉は大事だ。言葉の使い方で、印象は良くも悪くもなる。

たとえ、アホだとしても、愛すべきアホと憎らしいアホでは、メルカリに出されたとき、確実に食いつきが違う。

イナバ君の奥さんになる人に、結婚前に会ったとき、私の考えを述べると、「ああ! 確かに原石ですね。今はデコボコ石ですけど」と言って、手を叩いた。

二人で磨きませんか、と私が言うと「あ、それはお任せします」と拒否された。

それから私は、10年と42日の歳月をかけて、イナバ君の言葉遣いを直した。その結果、IQの低い高校生並みの言葉遣いが、日本に永住して2年11ヶ月経ったドイツ人並みの日本語にはなった。

ただ、常識を知らない部分に関しては、矯正しないようにした。そこを直すとイナバ君の良さが失われると思ったからだ。

 

アホで愛すべき原石。

 

「食べましたねー」渋谷の牡蠣バーで、イナバ君が満足そうな笑みを見せた。

確かに食った飲んだ。イナバ君に支払ってもらったが、二人分で2万円弱だった。

ランチで2万円は、後ろからハリセンで叩かれても仕方ないレベルの贅沢だ。痛いぞ、あれは。

渋谷の雑踏を歩きながら、後ろからの攻撃に備えつつ、イナバ君に聞いた。

そう言えば、キミ、メルセデスで来てたよね。さっき、ワイン飲んでなかった? それは、いかんのじゃないか。飲んだら乗るな、乗ったら波乗りジョニーでしょうが。

「あー、それは大丈夫です。うちの奥さんが今、渋谷で『ボランチの進歩人』に出ていまして、それが2時半に終わるんですよ。だから、帰りの運転は奥さんがします。ご心配なく」

進歩人、シンポジウムだよね。ボランティアのシンポジウム。

 

奥さんと駐車場でオチあった? 落ち合った。

奥さんは、薄いピンクのスーツを着て、凛々しく挨拶をした。

「ビリー君のおもり、ご苦労様でした」

イナバ君が嬉しそうに言う。「うちの奥さんって、松嶋菜々子に似てないですか?」

イナバ君、返事に困るようなことを言うなよ。「まつし」くらいまでは似ていると思うけど。

奥さんの運転で、国立へ。

車中で、イナバ君の奥さんが将来計画している、老人ホームの話になった。

ボランティア仲間と介護の行き届いた小ぶりの老人ホームを作ろうという計画を立てているのだ。

土地はもう確保していた。資金は、ほとんど奥さんが出す。その準備のために、いろいろな人の知恵をお借りしている最中だ。

法律的、実務的なことをクリアして、5年後を目処に実行に移したいという計画だ。

その志が、すごいね。使命感が、すごいね。私だったら、あんなに金持ってたら、一生寝て暮らすけどね。

 

そのとき、アホのイナバが言った。

「Mさん、その老人ホームができたら、一緒に入りましょうよ。楽しいぞー」

あのね、イナバ君。前も言ったと思うけど、俺とキミは14歳離れているんだよね。たとえば、俺が70歳でホームに入ったとしても、キミはまだ56だよ。老人ではないよね。

「何を言っているんですか、Mさん。老人ホームに入ったら、もう老人ですよ!」

 

「キャハハハハーン」奥さんの笑い声が、車内にこだました。

 

原石は、完全に輝いたね。