1991年2月、友人クミちゃんと1週間で四国を巡る・・・
という旅行・・・やっぱり、1週間は短~い
金比羅さん、大歩危、かずら橋、大豊町、高知駅周辺、
龍河洞、桂浜(坂本龍馬の像)・・・これで約4日間
移動は主にJRと路線バスで、
最終日は横浜に戻らなければならないので、
実質あと2日ではありませんか。
クミちゃんも私も、四国最南端、足摺岬に行ってみたいと、
意見が一致しまして、
高知市から一路、足摺岬へ・・・とはいえ、
岬への道のりはなんだか不便なような
中村駅から足摺岬まで、路線バスで2時間近く揺られるのです。
JRの特急でも、バスでも、
なんだか眠気が強くて、車窓の様子を全然覚えていないのであります。
足摺岬は、少し観光客がいました。観光バスの団体さんのようでしたが。
この日の宿泊は神社兼ユースホステルです。
和室(8畳ほど)に我々2人と、関西の短大生2人組が泊まりました。
お部屋が寒くて、暖房はこたつだけだったので、
布団を敷くときもこたつを中心に風車のように布団を並べて、暖を取りました。
その様子は狭いながらも、自分たちでグッジョブな出来栄えでした。
ここで一気に彼女らと打ち解けて、話が弾みましたが・・・、
彼女らはここに来る前に「竜串・見残し」という名所に寄ってきたそうで、
盛んに「きれかった~(綺麗だったの意)」を連発するもので、
クミちゃんも私もそこに行きたくなってしまったのですが、
日程的に無理・・・ということになり、
今もって、本当に「見残し」になっております。ちょっとくやしい
翌朝は太平洋から昇る朝日を見たくて、
早起きして岬へ向かったのですが、
雲に阻まれて残念ながら海から昇る姿をまたも見損ねました。
今まで水平線から昇る朝日を見たくて色んな所でトライしてみたけれど、
だいたい、雲が出ているのです。行いが悪いのか
岬の公園には、同様に結構多くの方々が見にこられていました。
朝食時、関西の彼女たちは、YHのペアレントさんに、
「水筒にお湯をくださ~い」と頼んでおりました。
今なら水筒を持ち歩いたり、ペットボトルを持つのも当たり前ですが、
当時、関東人の我々にとっては、
水筒を持ち歩き、「お湯をもらう」という行為は衝撃でした。
「さすが、関西人」と関心しつつも、「できないね、我々には」。
・・・今なら普通にできます。
四国最南端、足摺岬に到達したことで我々は満足し、
次は日程の関係で、一路、愛媛の松山へGo。
~ 続く ~