『吟醸王国しずおか』予告パイロット版の試写会が終わり、ほっとひと息…と行きたいところでしたが、毎年9月1日は、松下明弘さんが育てる山田錦(=松下米)の出穂の日。なぜか推し量ったように、9月1日に穂が出てくるそうです。稲の花が開くその神秘的な瞬間を、ぜひとも撮影したいと松下さんや青島さんにお願いしていたのですが、今年は8月のお盆過ぎに急に秋めいたように涼しくなり、天候不順で稲たちはすっかり“防御態勢”になってしまったよう。心配になって1日に田んぼを見に行き、3日か4日のどちらか天気のいい日に決行することになりました。稲の花は早朝、朝日を浴びて開き、数時間で閉じてしまいます。話を聞いただけで、まるで蓮の花だな…と、仏さまを拝むような神聖な気持ちになりました。
2日は入稿が遅れていた原稿を1本書き上げ、合間を縫って関係者にお礼メール&お礼ハガキ書き。その間、新聞社とラジオ局からの電話取材。今まで取材する側だった身が取材される立場となって、質問者がどれだけ予備知識を持って訊いているかがまざまざと分かり、己の身を振り返って、冷や汗をかいたりしました。
そして3日朝。天気予報では雨のち曇り。自然の成り行きだもの、一か八かで行くしかないと腹をくくり、朝6時前に松下さんの田んぼへ着いたら、東の空がピンク色に染まり、やわらかい朝日が田んぼを包み込んでいました。幸運を予感しながら、成岡さんの到着を待って撮影開始。田植えを撮影した鉄塔下の田んぼの、どの稲が、ピンポイントで花を咲かせるかは、松下さんのカンに頼るしかありません。「これ、来るんじゃない?」とあっさり指をさしたあぜ道のすぐ横の稲は、もみが、出産直前の妊婦のお腹みたいにふっくらふくれていますが、他とどこが違うのか、素人にはよくわかりません。とにかく松下さんを信じてこれと決めた稲にレンズを構え、根競べの始まりです。
とにかく十分な陽を浴びて暖まってこないことには、玄米を覆う2つのもみ―外穎(えい)と内穎は“ご開帳”してくれません。空を見上げては、ちょっとの雲でもひやひやして「早く飛んで行け」と心の中で叫びながら、朝焼けの田んぼを凝視し続けました。
雨を心配したことがウソのように、7時を過ぎ、8時を過ぎると、ジワジワと夏の陽射しがふり注ぎ、首や背中から汗がしたたり落ちてきました。「やばい、また日焼け止めをしてくるの忘れた・・・!」と気づいても後のまつり。露出した両腕は、6月の田植えのときのようにヒリヒリと悲鳴を上げ始めます。
浜松から始発の電車に乗って見学に来た神田えり子さんは、バンダナで髪を覆い、折りたたみ傘を開いて賢くUVブロック(美女のすることは何でもスマートです)。
撮影を始めて3時間。青島さんはまるで出産に立ち会う旦那さんのように落ち着かず、「ねえねえ、ちょっと変化してない?」「白いのが伸びたような気がするでしょ」と松下さんに何度も聞いては「オレだって花が咲く瞬間なんて見たことねぇもん、そんなのわかるか、いちいち聞くな、なるようにならぁ」と叱られています。
この時期、花が咲くのをのんびり観察する時間などなく、今回、初めて開花の瞬間に立ち会う松下さん。ホントは心の中で一番、その瞬間を待ちわびているはずで、横からチョコチョコ言われるのがうっとおしいのかもしれません(笑)。
「誰かがこの場を離れたり、テープを交換 する、なんて瞬間に咲くかもよ」などと脅しあい?ながら、とうとう3時間が過ぎ、成岡さんと神田さんに朝ご飯ぐらいごちそうしなきゃ、と思ってその場を離れ、弁当やに向かった私。弁当を注文をし終わったとき、携帯が鳴って、松下さんから「おい、咲いたぞ~」。あわてて戻ると、神田さんが「真弓さんがその場に立ち会えなかったなんて、申し訳ないですぅ」と恐縮しながらも、青島さん、成岡さんともに、「松下さんが指定した稲が、ホントに一番最初に咲いた。びっくりだよ」と興奮しています。
そのうちに、次々と他の稲がもみ割れして、小さな雄しべが顔を出し始めました。自分の花粉を雌しべにつけて受粉し、残った花粉を風に乗せて飛ばすのです。種の保存、すなわち土という小宇宙の生存競争に勝ち残るためのサガなんですね。天気が悪いと花粉が飛ばないので、稲は閉じたまま守戦に回るというわけです。
いつも松下さんから聞いている稲の生命力。もみを突き破って、パカンと頭を出し、スーッと伸びてくる雄しべを目の当たりにしたら、ホントに生きている、生き物なんだと背筋が寒くなるぐらい。日本のどこにでもある田んぼの、人間が気付かないところで、植物は、こうして連綿と命をつないで来たんだなって思うと、じんわり感動してきました。
風がそよぐと、稲が揺れます。定点撮影している成岡さんは気が気じゃありませんが、それでも山田錦の花が咲く瞬間をハイビジョンで撮影したなんて、世界で初めてのカメラマンじゃないかしら。
「山田錦はおろか、米の開花を撮った映像なんて観たことも聞いたこともない。すごいお宝映像になるぞ」と松下さんも大喜び。「松下さんも初めて“出産”に立ち会えて嬉しそうだな、こういう機会を作ってくれてありがとう」と青島さんも大満足。神田さんは「晴天になったこともスゴイ、これと指した稲がピンポイントで咲いたのもスゴイ、スゴイスゴイ」と大はしゃぎ。
私は、もちろん狙っていた映像が、ドンピシャで撮れたこともうれしかったのですが、映画づくりに力をくれた彼らが本当に喜んでいる姿が、何よりうれしかった・・・!
世界に2つとないかもしれない山田錦の開花の瞬間映像。これを映画の中でどう生かしていくか、喜びと同時に大いなる責任もどっしり背負わされた、そんな1日でした。
*9月5日(金)11時15分頃から、シティエフエム静岡(FM-Hi)で「吟醸王国しずおか」のPRをさせていただきます。FM-Hi(76.9MHZ)受信可能な方はぜひお聴きくださいね!