杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

文化の拾いモノ

2008-09-27 22:05:56 | アート・文化

 今日は、偶然が重なった素敵な一日でした。

 

Img_3990  染色画家・松井妙子先生の展覧会初日、前回、金谷図書館での展示会にご一緒した静岡新聞編集委員の川村美智さんにお声かけをしたんですが、美智さんはあいにくお仕事でNG。先生をご案内したことのある蔵元社長夫妻にもお誘いをかけたのですが、急用でNG。やむなく一人でお茶の郷博物館へ行ったところ、英和学院大学非常勤講師の小和田美智子先生(写真左)に、久しぶりにお会いしました。ご主人は歴史学者で名高い静岡大学の小和田哲男先生で、美智子先生も静岡の郷土史や女性史を研究されています。

 

 

 美智子先生とは、数年前、松井先生のお仲間が毎年企画するバス旅行で尾瀬にご一緒した間柄。友人や家族同士での参加が多い旅行で、一人で参加したのは美智子先生と私ぐらいだったので、いろいろとお話しさせていただきました。

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 お会いするのはそれ以来。茶室でお茶を一服いただくという美智子先生の後に付いて行ったら、茶室・縦目楼の内部―小堀遠州のデザイン感覚が冴え渡った透かし彫りの欄間、変化に富んだ棚や床の間の意匠や配置の意味を、スタッフが懇切丁寧に説明してくれ、数寄屋風の茶室・友賢庵の内部もじっくり見せてくれました。お茶も目の前でちゃんと点ててくれます。ずいぶん丁寧な応対だなと思ったら、松井先生が、美智子先生のためにお膳立てをしてくれていたのでした。

 

 

 午後から掛川で用事があるという美智子先生を、金谷駅まで車でお送りする途中、私が茶室の説明を熱心に聴いていたのにピンときたと言って、先生は「これから大日本報徳社で文化財保護のシンポジウムがあるけど、一緒に行く?」と声をかけてくれました。私が二つ返事で「行きます!」と答えると、「こんな地味なテーマのシンポジウム、女性を誘っても誰も乗ってこなかったけど、あなたなら乗るかなと思って」と、先生も気を良くしてくれました。

 

 

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 シンポジウムは財団法人伊豆屋伝八文化振興財団と静岡県教育委員会・静岡県文化財保存協会が主催する『文化財を守る~震災に備える―文化財の耐震化』。

 つい先日、県広報誌MYしずおかで地震対策の記事を書いたばかりの私は、大事なお寺や神社や酒蔵の耐震化が気になっていたところだったので、興味津々で会場の大日本報徳社大講堂に。ところが文化財の耐震化というおカタイ題目のせいか、やっぱりというか、女性の参加者はほとんどいません。〈大日本報徳社〉も〈報徳思想〉も、一般的にはカタ~いイメージがありますよね(私もその実、薪を背負って本を読む金次郎の像ぐらいしか思いつかないレベルだったんですが・・・)。

 

 

 文化庁参事官(震災対策部門)の長谷川直司さんによると、文化財の耐震診断には3段階あって、第1段階の所有者診断(病院でいえば問診)は数万から数千円程度で出来るそうですが、第2段階の基礎診断(いわば人間ドック)ではいきなり350~400万円ぐらいかかり、さらに問題があれば第3段階の専門診断(いわば生物学的診断)に。今のところ、全国にある4234件の重要文化財のうち、第2段階基礎診断を受けたのはわずか390件で、うち100件あまりが静岡県のもの(さすが地震対策先進県!)。現在、第1段階と第2段階の中間的な「予備基礎診断」というのを作って、数十万円で受けられるような方法を県独自に考えているそうです。

 

 

 でも、文化財としての価値を損なわないように耐震補強工事をするのって、想像するだけでも難しそうですね。工事をするときには、①主要な部材を傷つけない ②従来の意匠・材質・構法をできるだけ損なわない ③付加的な部材補強をするときは、将来、新たな修理方法が確立されたとき、簡単に撤去できる方法で行うこと―という条件が課せられます。

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  大日本報徳社(県指定有形文化財)は、4億円余をかけて耐震補強工事を行いました。パネルディスカッションで、榛村純一社長に「いずれ国の重要文化財になる貴重な建物だからと言って寄付を集めた。可能性はありますかね?」と詰め寄られた長谷川さんが「私はその担当ではないので」と苦笑いする場面も。

 文化財保護法が改正され、自治体の登録制になってから、現在、日本には7000件ほどの文化財が登録されています。おもに築50年以上の、歴史的価値のある建造物を対象に、国としては浅く広く、トータルで2万件ぐらいを目標に登録制度を進めているそうです。

 

 磐田市の文化財審議会委員を務める美智子先生によると、審議会は「やっぱり登録を認めるにはそれなりに厳しい審査をしなければ」という雰囲気で、むやみやたらに増やせるものでもないみたい。財政の苦しい自治体は、本音のところ、文化財への補助負担が増えるのに及び腰なのかもしれません。

 それでも、日本はヨーロッパに比べて文化財の数がものすごく少なくて、ドイツは日本の25倍、イタリアやイギリスはその10倍もの数が文化財として保護されているとか。「文化財がたくさんある街では、新しい建造物を設計する際、周囲にあまたある文化財との調和をとらざるをえない。そうやってヨーロッパの街というのは、統一感のある街並みができるのです」と長谷川さん。

 

 

 前回のブログに書いた鞆の浦の一件もそうですが、突き詰めて考えれば、歴史や文化を現代の暮らしにどう活かすかを、我々は試されているんだと思います。

 

 

 

 報徳思想の有名な言葉に、「経済のない道徳は寝言」「道徳のない経済は犯罪」というのがあります。人間の欲を認めつつ、心も金も同時に豊かにはぐくもうという二宮尊徳の実践思想は、江戸末期の破綻した農村に活路を与えました。貧しい農村に生まれ、必死に農村を立て直し、その手腕が幕府の目にも止まって56歳にして幕臣となった尊徳は、吉田松陰や坂本竜馬のような幕末ヒーローとは対照的な評価を受けていますが、やがて渋沢栄一、安田善次郎、豊田佐吉、松下幸之助、土光敏夫といった近代以降の実業家たちに多大な影響を与えました。

 

 

 榛村社長によると、中国の知識階級では、行き過ぎた市場経済主義を省みて、いま一度“道徳”を見直す動きがあるそうで、しかも、それは孔子ではなく二宮金次郎だとか。彼らはトヨタや松下の創業者が報徳思想を旨にしていたことに着目し、経済を道徳より下に見る孔子の思想は非現実的だと考えているようです。

 「北京大学の日本文化研究所で報徳思想を研究していると聞いて、不思議に思っていたけど、そういうことだったのねぇ」と美智子先生も合点が行ったようです。

 

 

 心も金も同時に豊かにはぐくむ。文化財がもたらす心の効用を、地域経済に生かす方法を、保護派も反対派も冷静に見つめ、地域に暮らすもの同士、知恵を出し合って考える・・・シンポジウムや審議会は、本来、そういう場であるべきでは、と思いました。

 

 

 

 それにしても、松井先生の展覧会をひとりで観に行くハメになったのは、こんな勉強の機会と出会うためだったと思うと、なんだか物凄い拾いモノをした気分。シンポジウム会場では、美智子先生の紹介で、去年、映画『朝鮮通信使』制作で史料ポジのレンタルに多大なご協力をいただいた常葉美術館の日比野秀男館長にご挨拶もできて、倍増の喜び! 松井先生と美智子先生には感謝の思いで胸一杯です。

 

 

 帰路、「モノを書く人は、家でじっとしてちゃダメよ。外に出て自分で見聞きして感じることが大事。何か面白いモノを見つけたら、また連絡してあげるわね」と美智子先生。この言葉が、今日の一番の拾いモノだったかもしれません!